りおがこの世にできた日(細胞レベル)
りおが、この世で細胞分裂を始めたのは、2007年11月3日。たぶん。
生理不順の治療のため、基礎体温を付けていたので、振り返ってみると、あの日だったのかぁ…と、色んな偶然に驚くことしきり。
子どもができにくいと言われていたけど、欲しくないわけじゃない。
周りもどんどん子育てを始めていて、子どもができたらいいな~と思っていた。変な話だけど、素人予測で、この日だ!という日に励んでみたり…
だけど、実際に理央がこの世に発生したタイミングは、何もかもが予測し難い、ありえないタイミングだったの。
ずっと無排卵だったのに、このときたまたま排卵あって、その排卵だって二週間くらいズレていたし、旦那のンだって、いったい何日生きてたの?という感じ。
これは奇跡のタイミングだったんだな…と、びっくり。
それはさておき。
2007年11月3日は、友人の結婚式でした。
クリスチャン同士の結婚式で、由緒ある教会で式。飯田橋のエドモントで披露宴。
二次会の幹事だったし、うちの旦那は、泥酔するまで飲む質なので、予めエドモントに泊まる段取りをしていたの。
家に帰らなくてもいいという安心感から、三次会に参加。飯田橋の駅ビルの冷たいコンクリートの花壇に腰を掛けて、三次会の場所が決まるのを待ったっけ。
11月。結婚式参加のドレス姿は寒さが堪えたな~。
飲んだくれて、寒さに震えていた、そんなとき、理央はせっせと細胞分裂をしていたかと思うと、なんだかたくましいな~と思わずにはいられない。
2007年11月3日。
友人の一人が言っていました。
幸せは幸せを呼ぶ…って。
まさに、そのとおりの1日だったわけです。
生理不順の治療のため、基礎体温を付けていたので、振り返ってみると、あの日だったのかぁ…と、色んな偶然に驚くことしきり。
子どもができにくいと言われていたけど、欲しくないわけじゃない。
周りもどんどん子育てを始めていて、子どもができたらいいな~と思っていた。変な話だけど、素人予測で、この日だ!という日に励んでみたり…
だけど、実際に理央がこの世に発生したタイミングは、何もかもが予測し難い、ありえないタイミングだったの。
ずっと無排卵だったのに、このときたまたま排卵あって、その排卵だって二週間くらいズレていたし、旦那のンだって、いったい何日生きてたの?という感じ。
これは奇跡のタイミングだったんだな…と、びっくり。
それはさておき。
2007年11月3日は、友人の結婚式でした。
クリスチャン同士の結婚式で、由緒ある教会で式。飯田橋のエドモントで披露宴。
二次会の幹事だったし、うちの旦那は、泥酔するまで飲む質なので、予めエドモントに泊まる段取りをしていたの。
家に帰らなくてもいいという安心感から、三次会に参加。飯田橋の駅ビルの冷たいコンクリートの花壇に腰を掛けて、三次会の場所が決まるのを待ったっけ。
11月。結婚式参加のドレス姿は寒さが堪えたな~。
飲んだくれて、寒さに震えていた、そんなとき、理央はせっせと細胞分裂をしていたかと思うと、なんだかたくましいな~と思わずにはいられない。
2007年11月3日。
友人の一人が言っていました。
幸せは幸せを呼ぶ…って。
まさに、そのとおりの1日だったわけです。
妊娠前の話
りおは本当に、よくデキタなぁと思う。
今回は妊娠前の話を少し。
りおを妊娠する前、私は生理不順で通院していて、ドクターには「妊娠を望むなら不妊治療が必要」と言われていました。
そう言われても、当時の私は、仕事と酒とに溺れ、メチャクチャな生活をしていて、あまり気にもかけず、毎日豪遊。キリギリス生活でした。
大学を出て会社員になったばかりの頃は、20万に届かない手取りで、中野の家賃7万8千円の交通の便だけが取り柄の、広くもない、キレイでもない部屋に暮らしていました。
服だって、化粧品だって欲しい。旅行だって行きたし、美味しいものも食べたい。付き合いだってある。
色んな物を削って、僅かに蓄えができても、夏と冬に帰省すると、それだけで貯金がなくなるような生活。
そんな生活が一変したのは、社会人6年目。勤めていた会社の業績が悪く、ボーナスもまともに出ない状況に将来性が見えなくなり、退社。
幸い、普段の仕事ぶりを評価してもらえ、すぐに仕事がもらえてね。
フリーランスのはじめの一歩。
そしたら…。
噂には聞いていたけど…。
フリーのSEって、ムチャクチャ報酬がよいの。
いや、世間一般には並かもしれないけど、手取り20万弱からすると、毎月がボーナスのよう!
今まで抑圧されていたものが、一気に噴き出した感じ。
欲しい物を欲望の限り買い、
※服屋で、10着くらい試着して、全部下さい。とか。
週末は外食を繰り返し、
※彼氏(現旦那)の分も払っていた。1回に1万×金土日×毎週…。とか。
冬には毎週末、泊まり掛けでスキーに行く…
※彼氏(現旦那)の分も払っていた。1回に6万×毎週×スキーシーズン中…。とか。
新宿で、フグ食べて、ショーパブ行って、ゲイバー行って、そば屋で〆て、あと30分で始発が動くのにタクシーで帰ったり。(この頃には、今の家に住んでいた。タクシー代…
)
一晩で20万くらい使う遊びをしてみたり~。
アホでした。
毎晩飲んでました。
ほんと、アホでした。
仕事も忙しくって、23時まで働くのが当たり前だったりして、そのストレスもあったかもしれないけど、あの頃に倹しい生活をしていれば、今ごろはマイホームが買えていたかもしれないのにねぇ。
(今は、契約形態を変えて、16時までしか働いてないので、収入は半分以下に減っております。)
こんな生活してたら、そりゃ生理不順にもなるわなぁ~。
そんなムチャクチャな私が、ある日妊娠!?
えっ?治療が必要なんじゃなかったっけ?
そんな不意打ち。
今回は妊娠前の話を少し。
りおを妊娠する前、私は生理不順で通院していて、ドクターには「妊娠を望むなら不妊治療が必要」と言われていました。
そう言われても、当時の私は、仕事と酒とに溺れ、メチャクチャな生活をしていて、あまり気にもかけず、毎日豪遊。キリギリス生活でした。
大学を出て会社員になったばかりの頃は、20万に届かない手取りで、中野の家賃7万8千円の交通の便だけが取り柄の、広くもない、キレイでもない部屋に暮らしていました。
服だって、化粧品だって欲しい。旅行だって行きたし、美味しいものも食べたい。付き合いだってある。
色んな物を削って、僅かに蓄えができても、夏と冬に帰省すると、それだけで貯金がなくなるような生活。
そんな生活が一変したのは、社会人6年目。勤めていた会社の業績が悪く、ボーナスもまともに出ない状況に将来性が見えなくなり、退社。
幸い、普段の仕事ぶりを評価してもらえ、すぐに仕事がもらえてね。
フリーランスのはじめの一歩。
そしたら…。
噂には聞いていたけど…。
フリーのSEって、ムチャクチャ報酬がよいの。
いや、世間一般には並かもしれないけど、手取り20万弱からすると、毎月がボーナスのよう!
今まで抑圧されていたものが、一気に噴き出した感じ。
欲しい物を欲望の限り買い、
※服屋で、10着くらい試着して、全部下さい。とか。
週末は外食を繰り返し、
※彼氏(現旦那)の分も払っていた。1回に1万×金土日×毎週…。とか。
冬には毎週末、泊まり掛けでスキーに行く…
※彼氏(現旦那)の分も払っていた。1回に6万×毎週×スキーシーズン中…。とか。
新宿で、フグ食べて、ショーパブ行って、ゲイバー行って、そば屋で〆て、あと30分で始発が動くのにタクシーで帰ったり。(この頃には、今の家に住んでいた。タクシー代…
)一晩で20万くらい使う遊びをしてみたり~。
アホでした。
毎晩飲んでました。
ほんと、アホでした。
仕事も忙しくって、23時まで働くのが当たり前だったりして、そのストレスもあったかもしれないけど、あの頃に倹しい生活をしていれば、今ごろはマイホームが買えていたかもしれないのにねぇ。
(今は、契約形態を変えて、16時までしか働いてないので、収入は半分以下に減っております。)
こんな生活してたら、そりゃ生理不順にもなるわなぁ~。
そんなムチャクチャな私が、ある日妊娠!?
えっ?治療が必要なんじゃなかったっけ?
そんな不意打ち。