私の内面は私だけのものではない。
私だけにしか認識できないと言うわけではないということである。
客観的にみた私はどんな人物なのだろうか。
案外良い奴なのだろうか。
介護士をやっていたのだから、慈愛にあふれているのだろうとか
介護士みたいな低脳とは関わりたくねえなとか
人それぞれ解釈はあるのだろうが、
一体、どんな価値観であるべきなのだろうか。
そして私は一体何を素晴らしいと捉え、何を邪悪と捉え、
果たしてそれは正しい価値判断なのだろうか。
私はどんな人間になりたいのか?
ワンピースでいうところの、
ルフィみたいな、能天気、仲間思い、型破り、感受性豊か
な人間でありたいのだろうか。
それとも、チョッパー?ナミ?ゾロ?
正解などというものはなくて
結局自分がどうありたいのかが全てであるような気もする。
お金持ちになりたい
とか
皆から慕われる人間になりたい
とか
自由人でありたい
とか
無数にある価値基準の中から
自分好みのものをピックアップして
それに従って生きていくことだ。
わたしは、私がどうありたいのか
わかっていない。
なんとなく、金持ちにはなりたい
バリバリ稼ぎたい
でも何かに縛られたくはない
かといって法律から外れるような人間ではありたくない
死ぬ時、病室にいろんな人たちが
「今までありがとう」とかいって涙を流しながら
私に感謝を述べてくれるみたいな、最期を迎えたい
つまり人望はほしい
他人を理不尽に傷つけたくないが
時には厳しく指導して
リーダーシップを発揮したい
そう。どんな最期を迎えられるかというのは
必要な視点だ。
介護施設にいてよくわかった。
娘さんが毎日面会に来てくれるような家庭を築ける人。
独身で友人がほどんどいないから誰も面会に来ないような人。
そもそも、まともな施設に入れるほどの財力のある人。
私にとって理想の最期を迎えるためには
最愛の妻と結婚し
子どもを育て上げ
仕事で活躍して財をなし
友人関係も広げていく必要がある。
うわ、これ難しそう。
これらを成し遂げている人が
世の中に何人もいて
実際うちの親もそれに該当しているわけだから
いかに今の自分がしょうもない人間であるかが
よくわかる。
毎日無目的に生きるのではなく
勉強し、交流し、己を磨き上げていかなければ・・・・・・
こいついたすぎ。