うちの三女「ちぃ」が「人生の学校」コアエッセンス1回目を受けてきて

早速、どんなことを学んできたかを発表してくれた。

 

メモを片手にまゆりさんの言葉を次々伝えてくれる。

「そうそう、懐かしい〜!」

卒業生の私と次女「もも」が声をそろえて反応したり、頷いたり。

忘れていたことを思い出したり。

今では自然にできるようになったこともはじまりは全て1回目の講座だった。

 

ちぃの発表は彼女自身の復習にもなるし、卒業した私たちの復習兼新たな学びにもなってとってもいい!

 

提出するレポートもなかなか良くまとめている。

そんなふうに感じていたんだねと、これまで知ることがなかった

ちぃの一面を知ることができて嬉しい。

 

すごいね、レポートが上手だねと心から誉めると

「え、新たな才能開花かも!」と素直に喜ぶ、ちぃ。

 

「その喜びを毎日積み重ねていくんだよ」と、もも。

 

第2回は2週間後。

これからの1年間、卒業生の私たちも一緒にそれぞれの成長が始まる。

楽しみだ。

 

 

 

母は私を嫌な気持ちにさせる天才。

AといえばB、BといえばC。天邪鬼ということばを体現するひと。

 

いつも真っ向から私を否定する母。

言葉も気持ちも、時には存在まで。

 

子どもの頃から母の温かみとか優しさを感じたことがなかったし、家族と居てもいつもよそ者感というか漠然とした不安感を抱えていた。

自分の居場所がないと感じていたし、家にいてもひとりぼっちで寂しいけどそれを口にすると母に怒られたり否定されるのが常だったから、

自分の本当の気持ちを言葉にしてはいけないと無意識のうちに心にロックをかけて生きてきた。

物心ついた時から私はこの家の子どもではないと思っていたし、

何か深いわけがあってこの家に預けられていていつか本当の親が迎えに来ると信じていた。(頭の中、お花畑だったね😂)

 

 

今年の子どもたちの誕生日の日のこと。

用事があって実家に行って、ご飯を作って母が食べ終わるまで一緒に食卓についた。

87歳になった母は同じ話を延々とくりかえす。

同じ話をくりかえす母に、うんうんと話を聞き続ける私。

そろそろ私が飽きてきたので、「今日は子どもたちの誕生日なんだよ」と伝えると、

じゃあケーキを買いなさいとお小遣いをくれた。ありがとうと受け取ると、案の定母からチクチク言葉が次から次へと繰り出される。

本当にうんざり、これ以上心をすり減らしたくない。

帰るねと立ち上がると必ず母は「もう帰っちゃうの、寂しいから泊まっていってよ。ひとりにしないで」と言う。

半分は多分本気、もう半分は私を試して喜んでいる。母の本心は絶対に見えない。

 

なんでこんな人が私のお母さんなんだろう。残念で仕方がない。

大好きだから喜んで欲しい気持ちと、ムカムカする怒りと悲しくてやるせない気持ちとがないまぜになって

愛憎入り混じったごっちゃな感情が渦巻き、私を飲み込む。

母と過ごすといつもこんな気持ちになって悲しくなる。

 

帰り道、運転しながら「どうして母といると毎回私は苛立つんだろう、嫌な気持ちになるんだろう」という想いがポコっとが浮かんできた。

その瞬間「ありのままの母」を私が受け取っていなかったことに気がついた。

そして母がいつか、私が思い描く「理想の母」のようになってくれるのを私が夢見ていたことにも気がついた。そんな日は来るわけないのにね。

 

 

私が子どもの頃から母は、母が思い描く「理想の娘像」を私に押し付けてきた。

そうとは知らない幼い私はその期待に応えたくて一生懸命生きてきたけど、移ろ気な母の要求はコロコロ変わって一貫性がなかった。

その度に振り回され、私への評価はいつも「何もできない子」だった。

 

一方、母の期待に応えられない私は母に対して『こうあってほしい母親像』を描いて抱いていた。

私にとっての理想の母像からかけ離れた現実を見るたびに失望して

「なんでお母さんはわかってくれないの?どうして私の気持ちを踏み躙るの?」と

どこにもぶつけられない怒りと悲しみに飲み込まれうずくまっていた。

 

翻って、3人の子どもの母親である自分はどうだろう?

そうだった、私も母と同じく子どもたちのありのままを受け入れてはいなかったんだ。

長女から繰り返しぶつけられてきた言葉は「お母さんは全然わかってくれない、寄り添ってくれない、自分には価値がない」などなど。

この子の根底にある想いは私が抱き続けてきたそれと全く一緒なことにも気がつき、その衝撃で頭を殴られた。

 

気づきの連鎖が一気にやってきて更に、母に対する愛憎入り混じった感情を他の誰かにも抱いていたことにふと気がつき、

相手は誰だっけ?と辺りを見渡した。

そうだ!元夫だ!

 

なんてこった。

母も元夫も私の写し鏡だったんだ。お互い「ありのままの相手を受け入れない」という写し鏡だった。

 

射程範囲に入った獲物には辛辣で皮肉屋で意地が悪く、そうかと思うと同情をすると急に博愛主義者になる。

息子には優しく娘には妙に厳しい。自分は言いたい放題やりたい放題わがまま放題なのに私には普通とか最上級、我慢強さを求める。

目の前のありのままの母はそんな人。

 

酒金女に問題があって、ことあるごとに私を試した元夫。

出会った時にありのままの彼を受け入れられた私だったら、結婚はしなかったしそもそも出会ってもいなかったかも。

 

 

相手にはこうあってほしいという、私が思い描く理想と目の前のありのままの現実とのギャップにずっと苦しんできたんだね、私。

それは私自身にもあてはまるんだと思う。理想の自分とありのままの自分とのギャップ。

 

そして、正直な気持ちを諦めずにぶつけ続けてきた長女にありがとうと伝えたい。

私は母に伝えようともしていなかったし諦めていたから。

 

 

あぁ、1番でかい芋が掘れたかも🍠

相手を変えることはできない。だけど自分の色眼鏡に気が付けばそれを外すことができる。

外した今は本当にこころが軽くなって楽になった。

次に実家に行った時はきっと今までよりイライラが減って、少し母に優しくできるかも。

 

 

ベーシック卒業からちょうど1年、アドバンス卒業から半年、そしてヒーリングクラス卒業から2ヶ月。

まだまだ心の余白は作れるね、もっともっと自由になれるね、私。

 

 

 

 

個人セッションのたびにまゆりさんにもさゆりさんにも

「もっとゆるんで、ほっこりして」

と繰り返し何回も声をかけられた。


ゆるむ?ほっこり?

なんのことだろう?

どうやったらゆるむのか、何にほっこりするのか、そもそもほっこりって何?????

ハテナがいっぱいだった。



少し話は変わって。

先日、お世話になっている鍼灸の先生と話していた時のこと。

ヘッドマッサージをすると症状が軽くなることに気がついたので、最近やっていると話したら、

「筋肉を緩めると筋肉は元の場所に戻るんですよ」と先生。


ん?ゆるめると元の場所に戻る?どういうことですか?

「ゆるめるっていうのはダランとダレることではなくで緊張をとってあげるということなんです。

緊張をとると筋肉は元々の位置に戻るんです」

え!そうなの?!どういうこと?


すると先生は簡易鍼を取り出して、

「こうやって顔の右側だけゆるめると…」

と右顔面に鍼を打っていく。


「どうですか?」とこちらに顔を見せてくれた。

え〜!明らかに右側だけリフトアップして引き締まっていて、左との差は一目瞭然。

何これ!


つまり、筋肉も細胞も本来あった元の位置に戻ろうとしているけど、緊張や疲労によって違う動きをしてしまう。

だから緊張や疲れをとってゆるめてあげると元に戻るということ。



その時、繋がったんです!

私たちの心と全く同じだ!

緊張をとると心も元々の在り方に戻るっていうことなんだ!


なりたい自分になるために頑張らなくていい。

だって私自身に戻ればいいんだもの。


だから繰り返し「ゆるんで、ほっこりして」とまゆりさんとさゆりさんが声かけてくれていたんだ!


我慢も自己犠牲も罪悪感もこれらはすべて、緊張の権化。


緊張がゆるめば、ほっこりするよね♨️



♪手をはなす 軽くなる 満ちていく〜♪

(藤井風 「満ちていく」)


今だからこそこの歌が沁みてくる💕

あーちゃんはきれいで可愛いくて、周りの人からもずっとそういわれてきた。

どんな場所に行ってもいつもセンターポジションや主役の座が用意されてきた。

 

けれども本人が受け取りきれないから、「私そんなんじゃありません」と辞退する。

その結果生まれるのは嫉妬・やっかみだったという。

 

あーちゃんは言った。

「わかったよ。私って可愛いでしょ!って生きていく!」

清々しくて力がみなぎった最強の笑顔だった😆

 

 

覚悟を決めて「用意された椅子」に座る。

それは自分を認めることと同義。

そしてさらに輝くためのスタート地点になる。

 

 

 

ベーシック・アドバンスのクラスメイト、

そして今回ヒーリングクラスで一緒になった仲間たちも

どの人も自分を表現する手段を持っていた。

 

10年20年30年と続けてきたことを持つ人たちもいれば

「これがやりたい!」と望む世界に飛び込む人たちもいた。

 

「好きだしこれしかないからしがみついてきた、

手放さなかった」って言う人もいた。

 

 

私にあるだろうか。

 

しがみついてきたこと、ずっと続けてきたこと、決して手放さなかったことが。

 

カッコ悪い自分とかみっともない自分は見たくないし見せたくないから

踏み込むことをせずに一歩引いて臆病なまま生きてきたのではないか。

 

だから節目節目でいつも「私には何もない」と思ってきた。

 

 

でも本当に何もないのかな?

 

 

きっと私にもあると思うんだ。

私のために「用意された椅子」が。

 

 

ずっと「受け取れない」と思っていることや、「苦手」と感じていることは

もしかしたら私の輝きにつながる可能性の扉かも知れない。

 

仲間の力を借りて扉を開こう。

その先には私のために「用意された椅子」があるから💕

 

 

見ない 聴かない やらない

 

そう、

自分の感情を「見ない」

自分の心の声を「聴かない」

自分を表すことは「やらない」

を通してきた私。

 

昨年10月から半年間コアエッセンスベーシックコースを受講し、

続けて4月からアドバンスコースへ進み、先日卒業を迎えた。

この1年間の学びは、恐る恐る無理のない程度に自分の中を覗き込み、

最後には自分自身と手を繋ぎ、抱きしめる体験の連続だった。

 

べーシックコースでは自分の思考回路を客観的に見る練習から始まる。

「あ、私いつもこう考えてたんだ」

「え!自分がこんなふうに感じてただなんて思ってもいなかった!」

などなど自分のことをよく知っている気分になっていただけと打ちのめされることが多かった。

 

そこから少しずつ自分を客観的に見ることができるようになる、っていうか練習を繰り返すのみ。

「あれ?なんで今イラっとしたの?」

「今の言葉、すごく引っかかる・・・」

「どうして落ち込んでいるの?私」

 

これまでだったら流していた感情を、その都度立ち止まって眺めてみる。

すると次々といろんな感情の扉を見つけられるようになる。

そしてそっと開けてみる。

忘れていた感情、押し殺していた感情、初めて味わう感情。

それら全ての感情の源は愛であることを体感したのだった。

 

過去の経験から未来を見るのではなく、

描いた未来を手にしていく。

 

そのためには心の癖を知っておくことが大事。

不安な出来事や、心がざわつくことがあっても

「今のは過去の私が感じて考えたこと。

 今は違う見方ができるよ。

 どんな未来を手にしたいの?」

と自分に問い掛けることができるようになった。

 

今はすっかり「やっちゃえ、私!」😆

 

自分の感情を「見ちゃう!」

自分の心の声を「聴いちゃう!」

自分を表すことを「やっちゃう!」

軽やかな私へ、まるで羽化したみたい。

 

 

人生が停滞していると感じていたら、コアエッセンスベーシックコース。

さらに加速させたいなら続けてアドバンスコースへ。

 

とびきりの笑顔のあなたを迎えに行きましょう💕

 

 

コアエッセンスヒーリング実践講座

【お茶会のご案内】

◆東京サロン&ZOOM 
追加開催❣️

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日時:9月16日(月祝)15:00~

場所:田町駅徒歩5分

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日時:9月29日(日)14:00~

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日時:9月19日(木)14:00~

場所:西28丁目駅徒歩5分

 

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