母は私を嫌な気持ちにさせる天才。
AといえばB、BといえばC。天邪鬼ということばを体現するひと。
いつも真っ向から私を否定する母。
言葉も気持ちも、時には存在まで。
子どもの頃から母の温かみとか優しさを感じたことがなかったし、家族と居てもいつもよそ者感というか漠然とした不安感を抱えていた。
自分の居場所がないと感じていたし、家にいてもひとりぼっちで寂しいけどそれを口にすると母に怒られたり否定されるのが常だったから、
自分の本当の気持ちを言葉にしてはいけないと無意識のうちに心にロックをかけて生きてきた。
物心ついた時から私はこの家の子どもではないと思っていたし、
何か深いわけがあってこの家に預けられていていつか本当の親が迎えに来ると信じていた。(頭の中、お花畑だったね😂)
今年の子どもたちの誕生日の日のこと。
用事があって実家に行って、ご飯を作って母が食べ終わるまで一緒に食卓についた。
87歳になった母は同じ話を延々とくりかえす。
同じ話をくりかえす母に、うんうんと話を聞き続ける私。
そろそろ私が飽きてきたので、「今日は子どもたちの誕生日なんだよ」と伝えると、
じゃあケーキを買いなさいとお小遣いをくれた。ありがとうと受け取ると、案の定母からチクチク言葉が次から次へと繰り出される。
本当にうんざり、これ以上心をすり減らしたくない。
帰るねと立ち上がると必ず母は「もう帰っちゃうの、寂しいから泊まっていってよ。ひとりにしないで」と言う。
半分は多分本気、もう半分は私を試して喜んでいる。母の本心は絶対に見えない。
なんでこんな人が私のお母さんなんだろう。残念で仕方がない。
大好きだから喜んで欲しい気持ちと、ムカムカする怒りと悲しくてやるせない気持ちとがないまぜになって
愛憎入り混じったごっちゃな感情が渦巻き、私を飲み込む。
母と過ごすといつもこんな気持ちになって悲しくなる。
帰り道、運転しながら「どうして母といると毎回私は苛立つんだろう、嫌な気持ちになるんだろう」という想いがポコっとが浮かんできた。
その瞬間「ありのままの母」を私が受け取っていなかったことに気がついた。
そして母がいつか、私が思い描く「理想の母」のようになってくれるのを私が夢見ていたことにも気がついた。そんな日は来るわけないのにね。
私が子どもの頃から母は、母が思い描く「理想の娘像」を私に押し付けてきた。
そうとは知らない幼い私はその期待に応えたくて一生懸命生きてきたけど、移ろ気な母の要求はコロコロ変わって一貫性がなかった。
その度に振り回され、私への評価はいつも「何もできない子」だった。
一方、母の期待に応えられない私は母に対して『こうあってほしい母親像』を描いて抱いていた。
私にとっての理想の母像からかけ離れた現実を見るたびに失望して
「なんでお母さんはわかってくれないの?どうして私の気持ちを踏み躙るの?」と
どこにもぶつけられない怒りと悲しみに飲み込まれうずくまっていた。
翻って、3人の子どもの母親である自分はどうだろう?
そうだった、私も母と同じく子どもたちのありのままを受け入れてはいなかったんだ。
長女から繰り返しぶつけられてきた言葉は「お母さんは全然わかってくれない、寄り添ってくれない、自分には価値がない」などなど。
この子の根底にある想いは私が抱き続けてきたそれと全く一緒なことにも気がつき、その衝撃で頭を殴られた。
気づきの連鎖が一気にやってきて更に、母に対する愛憎入り混じった感情を他の誰かにも抱いていたことにふと気がつき、
相手は誰だっけ?と辺りを見渡した。
そうだ!元夫だ!
なんてこった。
母も元夫も私の写し鏡だったんだ。お互い「ありのままの相手を受け入れない」という写し鏡だった。
射程範囲に入った獲物には辛辣で皮肉屋で意地が悪く、そうかと思うと同情をすると急に博愛主義者になる。
息子には優しく娘には妙に厳しい。自分は言いたい放題やりたい放題わがまま放題なのに私には普通とか最上級、我慢強さを求める。
目の前のありのままの母はそんな人。
酒金女に問題があって、ことあるごとに私を試した元夫。
出会った時にありのままの彼を受け入れられた私だったら、結婚はしなかったしそもそも出会ってもいなかったかも。
相手にはこうあってほしいという、私が思い描く理想と目の前のありのままの現実とのギャップにずっと苦しんできたんだね、私。
それは私自身にもあてはまるんだと思う。理想の自分とありのままの自分とのギャップ。
そして、正直な気持ちを諦めずにぶつけ続けてきた長女にありがとうと伝えたい。
私は母に伝えようともしていなかったし諦めていたから。
あぁ、1番でかい芋が掘れたかも🍠
相手を変えることはできない。だけど自分の色眼鏡に気が付けばそれを外すことができる。
外した今は本当にこころが軽くなって楽になった。
次に実家に行った時はきっと今までよりイライラが減って、少し母に優しくできるかも。
ベーシック卒業からちょうど1年、アドバンス卒業から半年、そしてヒーリングクラス卒業から2ヶ月。
まだまだ心の余白は作れるね、もっともっと自由になれるね、私。