震災について書くことは、あまりないんですがYouTubeの動画で当時の映像がたくさん流れてきて、また、あの時2才と少しだった娘が今18歳になることもあって、少し書きます。
ただの、回想ですから不快な方は読み飛ばしてください。
あの日、私は夜勤明けで、風邪気味の娘を小児科へ連れていき一緒に昼寝していました。
2:46分 カタカタと障子が揺れ始め、激震が襲いました。
気仙沼のすぐ隣、震度6。
裸足のまま娘だけを抱いて外に飛び出し、祖父母と庭で立っていられず、しゃがむ目の前で家は大きく揺れ、家財が倒れる音が響き、庭の大きな石の灯籠は崩れ落ちました。
娘をおんぶ紐で背中にくくり、その上から着られるダウンコートを着て職場に走り、15:20頃です。
気仙沼や南三陸と、こちらを隔てる山側から雷のような音が何度も聞こえ、吹雪になりました。
あれから、娘は何度も何度も、小学校を卒業するあたりまで震災の特集やニュースを録画したものを見ていました。
リアルタイムではなく、後日放映されたものです。
子供は、乗り越えるために自分なりに理解しようとしていたのでしょう。
好きなようにさせていたら、そのうち、パタリと見なくなりました。
震災から2年がたち、息子を出産。
息子はおおらかで手のかからない子供でした。
離乳食のお粥は好まず、わりとすぐに軟飯を自力で食べ、一歳にならず歩く歩く。
言葉が遅く、ややぼんやりしていて大丈夫かなあ……と心配していた頃、やっと話し始め、バイクと工具🔧、マグロの刺身、釣りにとんでもなく興味を示したのです。
……渋すぎる。
「かっこいいなー」というレベルではなく、没頭。
パンや甘いものは好まない。白米、味噌汁、魚🐟が好き。とにかく、マグロの刺身。
バイクが好きなら他の車やトラクターなども好きなのかと思えば、その他に興味なし。
お姉ちゃんが虫を嫌がれば率先して箒を振り回して撃退し、喋り始めたと思えば「あそこ、おじいちゃん」など周りには見えないものが見えている。
なぜ今、これを書くか。
10歳くらいで、この言動はなくなりました。
不思議よね。
トータルして見てきたなかで、この子は震災で亡くなった誰か、とか、もしくはいつかの誰か、生まれ変わりなのではないか?と思ったのです。
娘とは別に、震災を知らない息子も繰り返し繰り返し、震災の特集や津波について扱うテレビを見ています。
本当に、食い入るように、一時停止、巻き戻しをしながら。
そして、聞くのです。「なんで地震がきたの?」「津波は怖いの?」
私たちは、なるべく事実に基づき、科学的根拠に沿って説明を繰り返しました。
そして、成長とともに娘も息子も、「今のこと」に集中していったのです。
何を感じて、見えて考えていたのかわかりません。
ただ、震災を偲ぶ時、この出来事がセットなのです。もしかしたら、生まれ変わることはあるのではないか。
誰かの腹を借り、生まれ直し、生きなおすこともあるのではないか。
命は廻る。
生まれてきて、精一杯生きること。今を生きぬくこと。
災害は突然やってきます。
ただ、生きてください。震災のあと、色んなことを考えましたけども、とにかく生きてください。
キナ臭い世界情勢だからこそ。