こんにちは
昨日で53歳になりました

後2年で生協のシニア割に該当するし
50歳過ぎると
映画も夫婦で2200円らしい
旦那さんも50歳になるのが
待ち遠しい

くぜみのりです



子供の頃の私は両親に
欲しい物をねだった記憶がありません
離婚再婚離婚再婚離婚の
繰り返しだったから
プレゼントよりも家族の平和が望み
母子家庭だった時
父から届く誕生日プレゼントは
全ていつも的外れでした

オルガンも自電車も
みんなで住んでた時に欲しかった物で
今の私はこれじゃないの

もっとも的外れで
凄いプレゼントは
私が子育て中の時の話
我が家は夏生まれが多いので
合同で誕生日パーティーと称して
なんと
場所が
ステージがあり生演奏が流れ
シャンデリアで飾られた
キラキラのクラブの
楕円形の大きなソファに
7月生まれの婿と孫5歳
8月生まれの自分と娘
間に数人のホステスさんが座る図
想像してごらんなさ〜い


それから
ここ20年くらいは
私の欲しい物というよりも
金目鯛の煮付けや鰻や雲丹
私の食べたい物を
一緒にたべるのが定番でした
去年の7月に父が倒れて
私の52歳の誕生日に病院で
「来年の誕生日は金目鯛の煮付けね」
うんうん
「大きいのね」
うんうんとうなずく父
「鰻でもいいかなぁー」
うんうん
あれからもう1も年たちました
今年の誕生日も父に逢いに
病院に行って来ました
最近はいつ病院に行っても
父は寝てるかまどろんでいます
昨日は珍しく目が覚めていたので
手を握りながら
いつものようにお店の事や
家族の事やら近況報告していました
そしたら
たどたどしくもハッキリと
私に向かって
「あ な た の な ま え
な あ に???」
旦那さんが咄嗟に
私の背中をさすりました
父親に顔を忘れられた娘の私を
いたわってくれたのですが
私は元気良く答えました!
「み の り」
「私の名前はみのりです」
父はうんうんうなずいていました
旦那さんは尚も私を心配しています
また私が病室で泣くんじゃないかと
心配しているようですが
全然涙は出なかった
むしろ
私の気持ちは
清々しかった
清々しかった両親が教えてくれたんだ
美味しい果物が沢山採れる季節
8月28日に生まれたから
みのりの多い人生になるように
つけた名前だよーって



53年目にして初めて
父から最大の
誕生日プレゼントを
もらった気分でした
病院では泣かなかったけれど
今泣けてきた
嬉し泣き

というよりも
私が生まれた時
最大のプレゼントみのりを
もらっていたのだという事に
気付きました




そしてプレゼントとは
相手が何を喜ぶか
なんて
ど〜でも良くて
自分があげたいものを
プレゼントした方が
面白いんだわ

ちなみにTBSの番組
さんま・玉緒のお年玉
あんたの夢をかなえたろか
知ってます?
街頭でインタビューをいきなりされて
直ぐに夢や欲しい物を答えると
後で夢を叶えてくれる番組です
たまに
言葉にならない人がいるのですが
私は普段から
いつインタビューされてもいいように
数個の夢を用意しております!
バイバイ



