

寄贈 岩本 栄之助
(略歴)
・明治10年4月 両替商 岩本 栄蔵の二男として生まれる。
・大阪市立商業学校(現・大阪市立大学)を卒業、兄の栄治郎が亡くなる。
・陸軍に入隊、日露戦争に出征
・明治39年に除隊し、家督を継ぐ
・日露戦争後の大相場に請われて参加する。
「北浜の恩人」と称される。
この頃に巨額の富を得る。
・明治42年秋、渡米実業団へ参加、
財界の重鎮の渋沢栄一(1840~1931年)団長ら財界人約50人。
シアトルからアメリカ大陸を横断しニューヨークに入り、カーネギーホールなどを見学する。
(アメリカで事業を成功させた実業家は、巨万の富を得た、その一方で利益を国民に還元
している様子をつぶさに見て大いに感動。)
>>>寄附事件記録<<<
「富豪ガ公共事業ニ財産ヲ投ジテ公衆ノ便益ヲ謀リ
又ハ慈善事業ニ能ク遺産ヲ分譲セル実況ヲ目撃シテ大ニ感動」
と記している
・明治44年、公会堂建設に百万円の寄付を公表する。
(現在の貨幣価値で約80億円に相当)
・大正2年 6月 「中央公会堂」着工
12月 大阪電燈会社の取締役に就任
・大正4年 第一次世界大戦が勃発
・大正5年10月22日 栄之助 逝去(39歳)
・大正7年11月 「中央公会堂」完成
・