先週の朝食時の出来事。
「なんかすべてが嫌だ。うちはほかの家と違う。」と息子が言い出した。
反抗期中の小学5年生の息子なので、また私に絡んできてるのかなと思ったが少し違う様子。
「何が一番違うと思うの?」と聞くと、
「ママが教会に行ってること。ママ教会にいかないでほしい。ママのことが心配だ」
と、言われ驚いた。
「え?ママのことが心配?教会は神様を信じてる人たちが集って日ごろの感謝をささげるんだよ。
それを礼拝っていうの。毎週日曜日そのためにママは教会に行ってるんだよ」と伝えた。
すると息子は、「この聖書って本物?」と言い、
「聖書読んでないからわからないしょ」と私がいうと、
「時々読んでる。聖書に書かれてることってほんとなの?ほんとだという証拠ある?」と聞いてきた。
「父さんも同じ質問してきたことあったけど、証拠をみせるはできない。でも、ママは神を信じてるから
聖書は神のことが書かれてるんだよ。」と伝えた。
疑心暗鬼な息子は、「神は信じてるけど、聖書は信じられない」と言い放った。
20年6月 息子が小学1年生のとき、事故から神様に守ってもらったという経験をしている息子は、
神様はいると信じてる。
でも、その神と聖書がつながらないのだろう。
この話を昨日の礼拝時、牧師先生にこの話をする機会が与えられ、話をした。
まさに、昨日の礼拝メッセージの箇所だよといわれた。(ヨハネによる福音書3章1-21節)
イエスとニコデモの対比のところ。
根底からつくりかえられないとニコデモはイエスの言われてることを理解することはできない。
息子に、その話をしてみようと思う。