まぁ秋には戻るでしょう
来年には忘れているでしょう
そんな声が聞こえてきます。
もちろん、良い意味で互いに励まし合う言葉としてだと思います。
でもなぜか私はごくたまに聞こえる
戻るのに何年かかるか、、、
もう戻ると言うことがない可能性もある
という言葉を聞いたときの方が安心するのです。
なぜなら、“戻る”事に意味があるのか?
そう考えてしまうからです。
例えばこの新型コロナウイルスも、短い期間にどんどん進化し、性質を変え変化したと聞きます。
もちろん人間も地球の自然の一部ですから、同じように進化し変化するものだと思います。
このコロナウイルスにより引き起こされた事象で、人が何を思い、どうなってゆくべきか。
日常が戻るのはとても幸せなことです。でも、ただ戻るだけで良いの?
自然災害、金融危機、疫病、、、
不可抗力的に今までの日常が日常でなくなった時、人がすべきなのはそれより前の日常を取り戻そうとする事でなく、それをどう受け止め進化するか、と言うことではないかと思うのです。
例えばこの新型コロナウイルスも、多くの大切な尊い命を奪った悪者ウイルスであるのは確かだと思います。
しかし、この世に存在するウイルスと言うものすべてが人体に悪影響をもたらすわけではなく、何かしらの役に立っているものもあると言います。
命を生む子宮そのものの胎盤形成に必要な遺伝子の1つはウイルス由来だそうです。
無知な私はこの新型コロナウイルスがきっかけで色々なウイルスに興味を持ちその事を初めて知りました。
ウイルスにより自分達に不利益や実害が出て初めて、この世には命を作り出す手助けをしてくれるウイルスもあると知ったのです。
まさに今、命とは何か、生きるとは何か、我々人類も地球の生んだ多くのウイルス、細菌、真菌、草花や樹木、動物たちと同じ“生物”のフィールドに立たされているのだと実感するのです。
私はこの事態で、今まで以上にもっと色々な事を知り感じたいと思うようになりました。
そして、世の中=人の社会 ではないと思うようになりました。
真の共存が求められているし、人間はそろそろ自分達の利益損得ではなく、この地球をどう生きるか、一つの種としてすべての生命体と共存の道を選ぶ気概があるのか、試されているような気がしてなりません。
そして更に、多くの草花や動物達は、その事をずっとずっと昔から人間よりもちゃんと理解していたのだ、と感じざるを得ません。
こんなに沢山のメッセージを頂いても、まだ人間が自分達の私利私欲にこの地球も、環境も、命も、愛も消耗するように使い続ければ、人間と言う種だけがこの地球から淘汰される可能性もないとは言い切れないとさえ思います。
煩悩を全て取り払い土や石に成れと言うのではありません。
立場がほしい!お金がほしい!評価されたい!その欲求を少しだけ、みんなが少しだけでも、今日も地球は元気だろうか、自然の営みの中一つの種として力を合わせ何か出来ているだろうか、そう考えるだけでも、地道に続けていけば必ず何かが変わると思います。
私も勉強不足で知識も足りませんが、これからもっともっと、風を感じ、土を触り、全ての生物に感謝し、自分の為でなく、ただ人の為だけでもなく、地球そのものの為に。
何か出来なくてもせめて邪魔にはならないように。
この事態で感じた事を絶対に忘れず進化しながら歩んでゆきたいと思います!
日常は戻らない、それで良いと思います。
成長し、新たな日常を作ってゆきたい。
日々考えながら毎日を過ごしています。
今日は暑かった~!!!