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前回書いてから約一年…
早いなぁ
今年5月に仕事復帰、息子も保育園、家事育児はほんとーに適当で手抜きもいいところだけど、家族みんな
元気に過ごしてます。
2人目欲しい!と思い始めて、思いのほか1ヶ月で授かることができたのですが、結果的に流産になってしまいました。
まず、年齢的にも早めに行動しなくては
とずっとおもってたけど、毎日の生活に疲れ果てて夫婦生活はずっとなくて、やっとその気になれたのが9月の始めでした。
妊娠発覚したのが9/20ころ
まさかと思った(だってさ、タイミングとったの二回とかだし、36歳だしそんなうまくいくわけない)
検査薬は日に日に濃くなり
信じられないけどとりあえず産婦人科に行ってみたら胎嚢確認できて、本当に本当に嬉しかった。
でも、振り返るとこの頃からなぜかうまくいかない気がしてました
つわりも前回に比べたら全くないに等しい。
胎嚢確認できて1週間後
チカチカと点滅している心拍も確認、ほんとーに小さい小さい胎芽も確認できたのでした。
心拍確認できたらもう大丈夫って思い込んでたので職場にも仲のいい友人にも報告。
でもやっぱりつわりが軽すぎるし、なんとなく胎芽も小さすぎたし、胸も張らない、お腹に我が子がいる気がしない、なんだろうこの不安
心拍確認できてから2週間弱、茶オリが出始めました。
茶オリに混じったピンクの出血も…
その翌日には鮮血が少し出始め、やっぱり無理なんだと思う反面、大丈夫大丈夫友達は四回も大量出血したけどちゃんと産まれたし大丈夫
と言い聞かせる
その翌日は検診だったので朝一で産婦人科に向かいました。エコーを入れて胎嚢が見えた、と同時に大きくなっているはずの赤ちゃんはいませんでした。
正確にはほんの少しだけ大きくなっていたけど
前に見えたチカチカと点滅してたはずの心拍もなくなっていました。
あーやっぱり…
院長もあれ?おかしいな?血流も流れてないような
あれ?子宮外妊娠でもないしな…
ここら辺までは覚えてますが
やっぱりと思ったくせに、あまりのショックで院長が何を言ったか覚えていません
あとは診察室で手術の話をされ、助産師さんのいる部屋に通され、助産師さんに辛かったねって肩を抱かれて、そこで堪え切れなくなって大泣きしました。
泣きたくなかったのに、診察室であれだけ我慢したのに、息子を妊娠している時から見てもらっていた助産師さんに優しくされたらもうダメでした。
それがおとといの話です。
帰りの車でも1人で大泣きして、家に帰れば無邪気にお話してる息子のおかげでだいぶ切り替えできました。
本当に息子には支えてもらっています。
その日は仕事休ませてもらえました。
手術は来週の火曜日
初めての全身麻酔こわいです。
もしかしたら一泊になるかもしれなくて息子が心配だなぁ。
また手術の時になったら悲しくなるのかなぁ。
命は本当に奇跡で感謝すべきもの
改めて教えてもらいました。
同時に息子がより一層愛おしく思えて、生まれてきてくれてありがとうと思います。私の宝物。
北海道の地震、本当に胸が痛みました。
今は少しずつ普通の生活に戻りつつあるのかな?
私は東日本大震災を経験してあのときは本当に目の前に起こっていることが現実だと受け止められずに、でも仕事に行くしかなくて行けば辛い現実を目の当たりにして心のアンバランスが起きてしばらく精神が不安定だったかな。
あんな辛い思いをしたのに、7年という月日が心を癒し、時間が薬となり忘れていきました。
人は忘れるから生きて行けるんだけど、時間とは忘れる残酷さと癒せる薬と両面持ち合わせているのかなぁとぐるぐる考えてました。
何より1日も早い復旧をお祈りしています。