異性に求める『結婚』の前提
おはようございます!
リンです。
いつも前置きが長くなりますが、今日は意識して、前置きをせずに書いています。
8月下旬の頃かと思います。
こちらのAmebaの統計、何に基づいたものであるかは記憶に定かではないのですが、ある統計がありました。これをご覧になったお方も多いかと思います。
恋愛とは、感情の素直な意思と、その流れに逆らわぬものであったとした場合、その感情をどこかで自制することは可能であると思います。苦しさを伴うこともあるかもしれませんが、可愛らしい言葉で言うと、これを「片想い」とか、叶わない恋、成就できぬ愛と思います。
しかし、現実社会では、これらのことをクリアーされたお方は、共に生きる伴侶として「結婚」という誓いを互いに交わすものであるかもしれません。
このときに、どこかの誰かが、その異性に求める条件。
これをアンケートにより、統計結果を公開されておりました。
まず、男性ですが、女性に求めるものに・・・・・・
癒し
安らぎ
信頼
これを総称して、「癒し」と統計が出ていました。
そして、女性ですが、男性に求めるものは・・・・・・・
安定
思いやり
これらを一言で称したときに、「経済力」と、これもまたどこかの誰かが結論付けました。
最後に総括されている「癒し」と「経済力」では、見事なまでの性別による相容れぬ結論が出されています。
しかしながら、そこに至るまでの経緯の中では、
安らぎも、安定も。
信頼も、思いやりも。
大きな違いをリンは感じませんでした。
安らぎの中で、安定した夫婦関係と家庭生活の中では、どうしても「経済」は欠かせぬものでありましょう。これを現実的過ぎて、ショックを受ける男性もいらっしゃるかもしれませんが、しかし、よく考えてみれば、癒しも安らぎも、安定した生活の中で、信頼関係の中で実現できるものと思いました。
逆に、男性は、癒しや安らぎを求め、またその上に信頼関係を築こうとするならば、女性の求めた「安らぎ」や「思いやり」に応じてこそ、のものと思いました。
これらの中でも、
男性の言われる、安らぎ。
女性の感じる、思いやり。
これはとてもよく似た感情論でしかないと思いました。
では、逆の発想をいたします。
男性が、「癒し」であり、「安らぎ」や「信頼」を求めたとき、女性としての「安定」と「思いやり」をなくして、尚も、求めることだけに固執してはいけないのではないか、ということでありました。
女性も、「安定」であり、相手からの「思いやり」の感情を感じ続けようと望んだときに、相手への「信頼」を疎かにしてはなりませんし、如何なる形であるかの抽象的である男性感情であっても、それを認め、「癒し」や「安らぎ」について「思いやる」ことを怠ってはいけないものと思いました。
これら、互いに求め、そして互いへの依存ではない無償の思いを捨てたときに、どちらも何も得ることはできるわけがないでしょうし、それを捨てた互いを責めても惨めさは増しますし、相手を責めるか、自身を悔いるか、または取り巻く環境を憎悪するということで、更に、相手には「安定」も「安らぎ」も示すことのできない人間になっていると思いました。
ここのところ、深夜2時過ぎの電話。
姫様のお悩み相談ではなくなりつつ経緯がございます。
一女性、一男性としての悲痛の着信です。
もちろん中には既婚の男性、女性もいらっしゃいます。
その中でも、はっきりと男性は、
癒されたい
癒してほしい
とおっしゃいます。
何から、「癒し」を求めているかの説明はされますが、それがリンの役割だとは思えません。
ただ、お話を聞くだけですが、それだけのことで、
癒された・・・・・・
と仰います。
今すぐ何かを、と求めるお方もいて当然でしょう。
でも、それに応じては、過去にでも「安定」であり「思いやり」を求めた女性への裏切り行為だということに、男性は自身を見失っておられ、更に異性を「癒し」にも「安らぎ」にも、その「安定」をあげることなどできるわけがありません。
この気持ちと、今日のこの本文を、
今、未来に希望や願いを、思いやりの中で温めてきながら、
それでも、傷つき、今を見失いかけている心優しい平成生まれの
女性にお届けいたします。