昨日からモンチの学校が始まり、このブログも夏休み中に何回か更新できたら…と思っていたのですが、相変わらずの一日坊主で、長いと思っていた夏休みも、気づけばあっと言う間に終わっていましたf(^_^;)
今日、半日終わりのモンチが赤い顔をして「話したいことがあって急いで帰って来た

校長先生の手紙

」と、探すのももどかしい手つきで、おたよりを渡してきました。
校長先生の手紙?と思いながら目を通すと「校長先生が亡くなった」とモンチが言ったか、「学校長御逝去のお知らせ」の文字が目に飛び込んできたのが先だったか、今となっては分からないぐらいの衝撃でした。
「昨日、元気な校長先生に会ったばっかりだったのに、びっくりしたね。ショックだったね」とモンチに言葉を掛けました。
「泣いてた子もいた」
そうでしょう…。
先生は昨日から調子が悪かったらしく、周囲の先生方にも体調不良を言ってらっしゃったようです。
帰宅途中の駐車場で痛みに耐えかね休んでいると、そのまま意識がなくなってしまったと…。
救急搬送され、懸命な治療を受けたものの、意識が戻らぬまま天国へ行ってしまいました…と全校集会で話があったそうです。
親からも聞いていなくて、学校へ着くなり突然、先生の訃報を聞かされた子供たちの心を思うと、胸が痛くなりました。
きっとモンチは学校にいる間中、頭の中は校長先生のことでいっぱいだったと思います。
校長先生は国語の先生でした。
ことあるごとに、その時話したい内容で物語を作って、子供たちに話して下さっていました。
今回の始業式のお話は、広島で起こった土砂災害のことでした。(いつも、学校だよりに掲載して下さいます)
「…夜中、寝ているときに突然土砂に巻き込まれて、たくさんの命が犠牲になってしまった。住む家があって、そこに大切な家族がいて、みんなそろってご飯を食べることができる…。当たり前だと思っていたことが、一瞬にして当たり前でなくなってしまう。当たり前にできていることが、なんと有り難いことか。…小学生の自分にとって、当たり前のことってなんだろう。当たり前のことを当たり前にできることを大切にしていこう…」要約すると、そんなお話でした。
最後には、校長先生の言葉として、「私をはじめ、先生方はいつでも皆さんの味方です」とありました。
改めて、モンチに読んで聞かせると、涙ぐんでいました。
もちろん、わたしも…。
そのお話を昨日してくれた校長先生が、今日も学校で「おはよう」と、いつものように迎えてくれると思っていた校長先生が、もう校長室にいない。
学校のどこを探してもいない。
校長先生が居てくれるのが「当たり前」と思っていた子供たち。
当たり前が、当たり前でなくなることを、身をもって実感した子供たち。
これから、何かがきっと変わっていくことでしょう。
わたしも、40年生きてきて、同じような突然の別れや悔いが残る別れがいくつもありました。
母親、恩師、親友、教え子、大好きだったアーティスト…。
その度に、今を大切に生きよう、会いたい人には躊躇せず連絡しよう、会いに行こう!!
「いつか」「そのうち」「また今度」とは思わずに…と何度思ったことか。
そして、わたし自身も、今日、命が終わってしまったとして、後悔しない生き方を、その日その日でしているかと問うてみると…。
今、一番思うのは、家族に笑顔でいたか、優しい言葉を掛けていたか。
つい、日常的にガミガミ怒って、イライラした表情をすることが多くなってしまうけれど、わたしに何かあったとき、子供たちや主人が思い出すのが、わたしの怒った顔や怒鳴り声ばかりだとしたら、どんなに悲しいことでしょう

でも、今だったら、そうなりかねません

当たり前を大切に、今を生きる。
家族に、一緒に居て楽しかったことや、笑顔を想い出してもらえるように。
「今」を生きていこう。
忙しさにかまけて忘れかけても、また必ず思い出して、肝に命じて生きていこう。