きたきたにし
アルフレッド・ヒッチコック監督の『北北西に進路を取れ』を観た。『サイコ』のあの緊張感とはまた一味違う、これぞ「巻き込まれ型サスペンス」の最高傑作といった趣で、最後まで一気に駆け抜けてしまった。ただの広告業の男が、勘違いからスパイの暗殺計画に巻き込まれ、身に覚えのない罪を着せられて逃亡する……。その理不尽な状況設定からして、もう面白い。一歩一歩、自分の歩幅で着実に生きていたい今の私にとって、平穏な日常が突如として「逃亡劇」に塗り替えられてしまう展開は、恐ろしくもあり、どこかスリリングな解放感もあった。特に有名な、あの広大なトウモロコシ畑での農薬散布機に追われるシーン。BGMもなく、ただ飛行機のエンジン音と逃げる足音だけが響く静寂の中の恐怖。逃げ場のない平原で、じわじわと、でも確実に死が空から迫ってくるあの構図の美しさには、観ていて思わず息を呑んだ。そしてクライマックス、ラシュモア山の巨大な大統領彫像の上で繰り広げられる死闘。あんな場所を舞台に選ぶ大胆な発想と、手に汗握るスリル。まさにエンターテインメントの教科書のような贅沢な映像体験だった。主人公が、降りかかる理不尽を機転とユーモアで切り抜けていく姿を見ていると、なんだかこちらまで「どんな状況でも、進路を定めて進み続ける強さ」をもらえるような気がしてくる。観終わったあとは、タイトル通り「北北西」の方向を指し示されたような、どこか晴れやかな気分になった。一歩一歩、自分の進むべき方向を見失わずに生きていくこと。たとえ予測不能な事態に巻き込まれたとしても、自分の足で一歩を踏み出し続けることの大切さを、巨匠の鮮やかな演出を通して改めて教えてもらった気がする。