昔、THE YELLOW MONKEY が好きで。
ファンクラブにも入ってたし、ライブも一人でもよく行ってた。

サード辺りまでかな?
すごく好きだった。

この前、吉井さんのライブ、TVでやってて。
CALL ME って曲もやってて。
発売された頃、この曲大好きでよく聴いてたな、って懐かしく思った。


一種類、サブ的な薬を減らして、一ヶ月。
先生から言われたこと。
「多少の波があっても大きく落ちることはなさそうだね。私から見ていてもあなたに病的な印象はうけない。様子みながら少しずつ減薬進めていきましょう」


今もかなりダメージうけてたりして、頭痛がひどいし身体中が痛かったりするけど。
精神的にどーんと落ち込むことはなくなった。


何が変わったのか。
心から信じられる人がいる。
何かあれば全力で支えてくれる、そんな人が心にいつも寄り添ってくれてること。


変わらない、という言葉を。
信じられるまで、私は何度も離れようと足掻いた。
でも、絶対に離してくれなかった。
どんな私でも受け入れてくれた。
今も。

私の笑顔が好きだから。
幸せそうに笑ってて欲しいだけ。
その為なら自分でいいならいくらでも必要としてくれ、どんな時も全力で支える、って。

その人と話してると、よく泣く。

世の中にそんな想いでいてくれる人が一人でもいるっていうのは、すごく幸せ者だな…と思うから。
生きなきゃな、と思える。


変わらないものなんてないって思ってた。
特に人の心は変化しながら歳を重ねる。
変わらずにいられるわけがない。


でも、その人は変わらないだろう。
そう信じられる。


人に傷つけられ、泣いた。
人に癒されて、泣いた。


闇の中で見つけたもの。
闇の中だから見つけられたもの。

大事にしたい。



そんな、宝物のような幸せを感じられたから。
病にも、「ありがとう」










26日に父方の祖母が亡くなった。

今回は喪主が父で実家で一切を取り仕切ったので、何やらかんやらとめっちゃ使われた。
兄は普段こっちにいないし車運転できないし嫁いないし。
父の生家は皆病気や自殺で亡くなり二十歳前後の男の子二人しかいない。
二年連続で自殺が続き、田舎だから色々噂や陰口叩かれた。
父は色々問題が起こる度矢面に立たされ、誠実に対応しながら、歯を食いしばって、それでも笑っていた。
父方の家系は本当に複雑で、祖母だけが長生きして享年99歳(*_*)大往生。
というわけで、人がいないので走り回った走り回った。
疲労感、半端なく、未だに眠い。

宮古の叔父と従弟が3日連チャンで手伝いに来てくれて心強かった。
6月半ばに息子と二人で、叔父のとこに電車とバスで泊まりがけで遊びに行った時。
あの時の私がすごくブスでひどくて見れなかった、とゲラゲラ盛り上がる人々。

今日はまだ見れる、とか言われたり。
失礼が服着て歩いてる、そんな一族。

でも、三人息子をもつ叔父は私を娘のように思ってくれてるらしく。
確かに子供の頃から一番可愛がってもらったかも。
海に投げられたり、思春期すらもプロレス技かけられてたし。
昔から軽口叩きあう仲だけど、影でめちゃくちゃ心配してくれてるらしい。

あいつに何かあれば全力で守る、言ってるそうだ。

あざっす。

まずは、ぐらぐらしてる前歯を抜け。
野菜は食えない、お握りの海苔は食えない、でも肉は食える騒ぐ前に、早く歯医者行け。
次会った時、まだぐらぐらさせてたら、糸で抜くぞ。
と、宣言してやった。


あーだこーだ言いながらも、叔父家族とは仲が良い。
盆も行くし。
海に投げられないように気を付けよう。


傷つける人もいる。
悲しいことを平気で言う人も。
否定されて、信じられなくて。
やっぱり一人なんだと思う。

だけど、結局。
人に救われる。
振りほどこうと足掻いても、絶対に離さないでいてくれる人がいる。


誰より人を信じたいんだ。
信じきれない自分に嫌気がさすけど。
やっぱり、人の温かさが生きる力になるから。
信じきれる自分になりたい。
そして、信じてもらえるような器の大きい人になりたい。





今年は不幸が続くなぁ


正しく生きるって、なんだろうねぇ。
正直に生きるとは違うんだろうねぇ。

倫理的とか倫理的じゃないっていうのは、一体誰が決めたのさ。

明らかに間違えてる。
でも今は正直に生きたい。


罪悪感より勝る感情。



心の中でひたすら土下座。



早いな、7月だ。


壇蜜さん、彼女も、ブログも、好き。
生きざまが男前。
お見事。