先人は言った。
いまを生きる。今日できることは明日に延ばすな。
と。
いまをいっぱい楽しんで、いまを精一杯生きようと心がけるが、そうもいかない
いまを精一杯
生きているの
は、他ならぬ子どもなのではないか
たとえば、ここに100円玉が10枚あったとする。
子どもは迷わずその100円玉を残らず使うだろう。
100円のゲームなら10回![]()
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ゲームの途中でアイスを買うかもしれない。残り何回ゲームができるかなんて考えず、そこにアイスがあったら迷わず買うだろう。
そして、後先考えず、心おきなく使い切るだろう。
ところが、大人はそうもいかない
ゲームを一回したとしても、帰りの電車代は足りるだろうか、明日の朝のパンはあったか、そんなことをいろいろ考えていまを楽しむどころではない。
大人は年の功で明日もやってくるのを知っている。
そして、いまを楽しめばあす苦しむことも知っている。
子どももまた知っている。
いまを楽しめば、明日もまた楽しいに違いない。
きっと、よい一日が巡ってくるに違いないことを知っている。
だから、子どもたちはみんなキラキラ
の目をしてピカピカの笑顔
なのではないか、そう感じる。