さて、気にも留めない私たちの常識は、
日々当たり前に行うこと。

しかし、いつもと何か違うぞ?
という違和感からその常識が気付きになり、
学びになるという事はご存知でしょうか。


先日、裏千家の作法に触れた折、
私の常識だと思っていたことが
そうではないのかもしれないという
不安を覚えましたので、まとめたいと思います。



一般社団法人 武士道剣会
礼法委員会 委員長 
あなたに会いたくなる和紙の使い方
藤林由子です。
(この記事は、2019年の下書き、
 現在2021.4フリーになりました)


皆さんは手を前で揃えた時に
どちらの手が上に重なりますか?




言語の分類学上、日本語の下位語は、
共通語、関西弁、東北弁…などなど
そのまた下位語である関西弁では、
京都弁、大阪弁、河内弁、泉州弁…
などに分類されます。

言葉だけを見てみても
常識は生まれ育った環境が生み出すもの
だという事が予測できるでしょう。

では、本日の本題に参ります。

ご挨拶や記念写真などでの
手の所作について

左手が上か右手が上には重なるのか?



答えは、どちらでもない。

確かに左上位という概念はありますので、
こちらをご参考までに、、、

京都に御所があったころに遡ります。
日本は左上位、東西南北でいうと東が上、
陽の昇る方角になります。


                 北(御所)

       西                東

                 南


天皇は北を背中にして、

南を正面に立っています。

天皇から見ると左手が東となり、

右手が西となります。


つまり、左手から陽が昇り、

右手へ沈むという考えから、

左が陽(よう)、

右が陰(いん)となるのです。

よって、陽の手を陰の手の上に重ねることで、

正式な所作としています。



しかし裏千家の所作は、逆です。

その理由は、

千家の表玄関に近い方に表千家、

その裏側に裏千家があったことから

表(陽)に対し、裏(陰)

偶数(陽)に対し、奇数(陰)

男性(陽)に対し、女性(陰)

という考え方に基づき、

裏千家は、陰に始まるというルールがあります。
(一般的には、陽から始まります。)


一般的には、
上(かみ)に向かう際は、左の足から、
出口に向かう際の足は右からとなります。

立つ際にも跪座から即立つのは表千家(0偶数)
裏千家では、跪座から一旦どちらかの足を立てて
立ち上がります(1奇数)


マナーとはルール
コミュニケーションとは、マナー

ルールを知って振る舞うということが
日本人としてのおもてなしの心

その大切さに触れる機会を多く持ち、
宇宙の流れに沿うことで
最小限のエネルギーで
最大限の力を発する事ができるのだと感じています。


それではまたウインク







『天之御中主様、お助けくださりありがとうございます。』

そんなお祈りからスタートする一日が
暫くの私のルーチンです。

ご無沙汰しています。

昨日、ライオンズゲート、新月、一粒万倍日を迎え、今朝は、久々に深い眠りに導いていただき、頭スッキリで目覚めました。

関西でも、台風接近のせいか強い風が吹き、自然の偉大さを感じずにはいられません。


さて、暫く告知をしていきます。
2年半前に立ち上げた思考研究室をこのタイミングでオープンしていこうと思います。

なぜこのタイミングなのかは、わかりません。

ただ一つ言えることは、私たちのメンバー一人ひとりが幸せになっている。ということでしょうか。

この思考研究室は、私がやりたかった事。

思考を探究する事で自己実現してきた私だから伝えられることが沢山あるのだろうなと思い、スタートしました。

しかし、初日からズッコケ、、、

思考を探究してきたメンバーが居なかった。

未来を読んで動いてる。
今を見て行動してる。
過去の体験から未来の答えを出している。

こんな感じで、自分を羅針盤にして日々過ごしていることがゼロだったんです。

仲間が欲しいと思ってスタートした私。

けれど、初日に伝えた言葉たちに、参加者みんなが、わからないけどワクワクした!と言ってくれました。

その期待に応えようと思考研究室の軸に持ってきたのが、西洋占星術の指針であるホロスコープの読み解き。

太陽星座さえ、わからなかった私が、今、これほど読み解けるようになったのは、目の前の人たちに理解してもらうには、どうしたら良いのかを探究した結果です。

そもそも、巷の学びは大の苦手、、、

理由は、ほぼビジネスだから。
ビジネスは、費用対効果がベースなため、わかりやすく言語化し、簡単に答えが出る仕組みを売っている。

それを受け取った人たちは、そのツールがないと答えを出せない。

そんな日本人が五万といる中、私はそんな簡単に理解される人間にはなりたくないと、自力で答えを出してきました。

けれど、皆んなと探究する中で、既に答えは、多くの歴史上の人物が持っていて、仲間に伝えるためには、それをツールに使うとよりスムーズになるということがわかりました。

なので、私の講座は、歴史や哲学、教養、社会学、幾何学、音楽、算学、脳科学、波動医学、量子力学、、、

どの専門分野もマスターしてないけれど、それらの構造を使って深めるため、私の講座では、皆んな???

けれど、一歩外に出ると、由子さんの話してくれた事と同じことを言ってました、、、が、続出。

その時は理解できていないのに、外に出て俯瞰して聞くと理解できてくる。

その現象に私も味をしめ、より構造のある抽象的な話をすることができ、楽しくなりました。

宇宙論からの人体

無いモノが有るになるには、無いではなく、有るのだ。という、私の理論です。

今目の前にある現実は、あなたの何かが作ってる。

それを読み解くのが、私のホロスコープの読み解きです。

ホロスコープを私は読みません。
ホロスコープを勉強するのではなく、日常を通して、読めるようになるのです。

一緒に自己実現したいな、ホロスコープに興味があるなという方は、メッセージください。
お待ちしています。

【 七という数字 】

本日、母の十三回忌法要
無事執り行うことができました。


長かったような、短かったような…



仏壇の前に座ると祖母との語らいや
祖父の背中…

あったことはないけど、
血の繋がっている先祖という
私の一部である先人たち…

沢山のご先祖様と会話できるような気がします。


母の命日は、九月十七日…

『七』のつく日に
身内が亡くなることが多かったらしく
祖母がとても『七』を嫌っていたとか

確かに過去帳を見てみると
『七』『十七日』『二十七』…

祖父母の子ら(私の父の兄弟)も
『七』のつく日に亡くなっている

なんの因果なんだろうか

私の母も『十七』日

叔母の子も産まれてすぐに亡くなっているが
それも『七』日…

そう言えば…昨年の十月十七日にも…

そして、産まれた日を見てみると

息子は、二十七日産まれ
その父も同じ…

妹も七日産まれ
その子も同じ…

祖父の妹も十七日



関連付けて考えてみると
やたらと『七』がある




そうだ、私も背番号も『7』だった

こうしてブログを書いているうちに
『7』を意識していた事を思い出した

なんの因果なんだろうか…



法要が済んだら、お斎へ

今日は身内だけだったので、
いつものステーキハウスへ

本当は肉や魚以外のものなんだろうけど
そこは無礼講^_^


ご先祖様のお陰で身内が集まり
また、それを紡ぐための会話に花が咲いた。


さてさて、結局のところ答えは出ず…

どなたか『七』という数字について
詳しい人がいたら教えてほしい。



#ありがとう
#お母さん
#感謝