最近、痛みが引いてきて 
前より心穏やかに過ごせています。



母のことを頑張って思い出しても
なかなか酷いことしか思い出せなかったのですが


自然に忘れてしまった良い思い出もあるようです。



母はおそらく人格障害の類いだったと思いますが
アダルトチルドレンだった父とほとんどお見合いといった形で結婚したことも良くない影響を与えたように思います。


父の影響や、それまで理性で抑えていたものが加齢で抑えきれなくなって最後の方は酷い有様でした。




ただ、つい先日夜中に起きた時思い出したのは
わたしのために、小さな平家の庭に引っ越して家庭菜園を作ってくれました。

私は2、3歳だったと思います。

手に取ったきゅうりやミニトマトを見せてくれて
母としゃがみ込んで見ていた記憶でした。

優しく話しかけてくれる母。


しあわせなときもあったのだなと忘れていたのに
思い出しました。




もう母と会うこともないでしょうし、
もしかしたら生死もわからないかもしれません。


今後二度と会わないからか、もうこうしてくれたらよかったのに、ほんとうはこうしてほしかったという気持ちも最近は湧き上がって来なくなりました。

5.6年前は毎日のようにどうしてあんなことをしたのか、どうしてあんなことをされないといけないのかと恨む気持ち、わかりもしないのに自問自答していました。

でもその頃はもしかしたらこの先母と、もしかしたら対峙するかもしれないと心のどこかで思っていたような気がします。

今は逆にお葬式にもいかないし、骨を引き取るつもりもありません。
死ぬ間際でも行かないと断言できます。

それくらい遠い存在になったんだぁと淡々と思います。

遠い存在だから、共依存のパートナーと穏やかに良生を過ごして欲しいし、父とは叶えられなかった生活をして欲しいと思います。

距離が出来すぎたんだと思います。

母を可哀想だと思えるぐらいになって嬉しい気持ちと寂しい気持ちが混在していますが、
あぁ、そんな人もいたな...とたまに思い出すぐらいです。