こんにちは。お久しぶりです。

双子育児が大変で、全くブログ書けませんでした。すみません。コメントも返せていないかもしれません。本当にごめんなさい。


毒親育ちの私が親になってみて、色々と考えることがあります。

親や親族とは絶縁し、いまだに連絡をとっていません。子供が生まれたことも知らせていません。


自分が親になり、自分の両親のことを振り返ってみると、私は本当に便利な利用価値だけの子供だったんだなと思います。ただの便利な道具だった。もちろん正しい愛情もなかったんだなと分かりました。


私が自分の子供達に感じる愛情と、親から受けてきたものは全くもっての別物です。


あと、母も父も完全に狂った人達だったと理解しました。小学生の少女に、売春や性病の話を日常的になんて絶対にしないですよ。


そして、母はシングルマザーのようなものだった。母は朝から晩までワンオペだった。障害のある兄と、ほぼ年子で生まれた私。

父は母を扶養したくなかったのかもしれない。だから母は働いていた。ワンオペ年子育児に、フルタイムの仕事、父は家には帰ってこなかった。


この状況で、虐待がおこったのはすごく納得できる。知的障害と自閉の母には、完全キャパオーバーだったのだ。

きっと私でもできないと思うよ。


私はいまだに母を恨み続けている。母が死んでから10年たった。


母が私にした仕打ちは絶対に許されることではない。

でも、母が可哀想だと思う時もある。

生まれながらに知能が低く、自閉もある。実家は貧乏な農家。きっといじめられたのだろうな。

そんな母がまともな人生を歩めるわけもなく、売春したりホステスをしていたんだろう。

そして、そこで知り合った父と結婚した。


これでうまく行くはずもない。子供が幸せになるはずもなかった。

どうせ何もできない人だった。でも性格も悪過ぎて、助けてくれる人もいなかったんだ。


こんな母みたいな不幸な人生の人もいる。なんだか遠い昔のように感じる。

母になった私が、毒母を眺めている感覚。その人はうつろな目で、猫背で、やはり健常者とは違う雰囲気を持っている。表情もない。人を疑うような目つきをして。


毒母はいつも、自分の財布を握りしめていた。お金だけが、彼女が唯一信じられるもので、パワーを感じられるものだったんだろう。


その姿もまた滑稽で、かわいそうだった。

私はイメージの中の毒母を抱きしめた。誰も信用しない目。自閉があるから、そもそも目も合わないし、話も通じない。


私はイメージの中で、毒母を抱きしめた。まるで自分の息子を抱きしめるかのように。温かく抱きしめた。


どうか幸せになってね。来世では、幸せになってね。私は一生あいたくないけど


私は、毒母みたいに普通のこともできない人に、ぎりぎり歩けていたような人に、平均的な母親像を望んでいたのかな。


恨みは消えない。怒りもある。私を利用しまくって捨てて

だけど、あなたも頑張ったんだね。少しだけ、ありがとう。