すっかり夏のサウジ。
巷では次のラマダンorイード休暇にどこに旅行に行くなんて話しがちらほら。
今年は7月20日くらいからみたい。
ラマダンになったら、サウジを離れるのが駐在人の万国共通の行動です。
ここにいるからって断食しなくたっていいのだけれど、
日中の買い物時に水が飲めないのはきつい。
(ラマダン中の人の前で飲食はしちゃいけないマナーです)
人もいつも以上にだら~~っとしてると聞くし。
でも夜は断食明けのイフタールでレストランは賑わっているという情報も。
サウジも満喫したければ、ラマダンもいなくちゃかな??
今日は久しぶりに以前サウジにいて、いまチュニジアにいるらしい人のブログを見てみました。
昔は情報収集によくみていたブログです。
チュニジアって、その方曰く、サウジよりずっといいらしい(笑)
あれ~~?と最初思ったけど、
サウジほど宗教戒律を生活にいれてるわけではないから、
アバヤもいらないし、酒も豚もあるし、お祭りごとが好きな国民らしい。。
ずっといいという表現をしたけど、
「まとも」ともかいてあったな。
うんうん、、そうだよね。
麻痺してるけど、ここの生活は普通じゃなかったんだ!!!!!!
たまに普通の生活を忘れちゃう。
たまに自分自身のことでさえ、あれ??私どんなだっけ??と思うことがある。
サウジに5年以上もサウジ人と結婚した人でさえも同じことを感じていたっけ。
自分が何が好きで何が嫌いか、何が楽しくって、何が許せないのか、
自分を忘れそうになる。
自分を忘れないように音楽を聞いたり、日本語の文化(ネット得られるもの)に触れて、日本の味を食べて、思い出す。
サウジに来た最初の頃は自分が空っぽなのかと感じたりしたけど、
そうじゃなくて、サウジの濃い文化に押されて忘れそうになったりしてた。
たまには駐在の絵に描いた生活を耳にしたりして、
それもそれで、自分の生活を考えることもあったけど、
それ以上に、自分を常に取り戻そうとする努力が必要だ。
抵抗したり、自分の考え方を停めないこと、そういうことが必要なのだと思う。
サウジの生活に慣れるのは意外と簡単かもしれない。
すべてをあきらめればよいのだから。
でもあきらめた時、
自分もあきらめなくてはいけなくなることを忘れてはいけないのだ。
法的に叶わないことと、粘って勝ち取れること、手間をかければいいこと、
きちんと見極めなくてはいけないのだ。