国語数学
学生時代、国語というものの成績がどうしようもなく悪かった。
本はすごく好きだし、テストで点を取る人より多くの本を読んでいる自信があった。
だけど、いまでも、分からないことがある。
中学校の時の国語の先生も。
高校の時の国語の先生も。
「数学は答えが1つだけど、国語は答えがたくさんあるから楽しいんだよ。だからもっと本をたくさん読みなさい。」みたいなことを言っていた。
そのくせテストの答えはひとつ。
次の空欄に何が入るか?みたいな問いに。間違った答えをいれた時に、僕は先生に反論した。
「答えは1つなんですか?少なくとも僕はこの言葉の方が適切だと思った。答えが1つだというなら、それはただの押し付けであって、記憶力テストではないか?」
ひねくれていたとかじゃなくて、本気で思った。
この時、主人公はどの様な気持ちだったか?なんて問いもあったけど、これも決まって答えは1つ。
人それぞれ考え方が違うように、
俺は、主人公はそんな気持ちじゃなかったと思う。なんて考えていた。
その点、数学はどうだろう?
数学って答えが1つだと思う?
俺はNOだとおもう。
確かに、最終的な答えは1つなんだけど、
数学っていうのは、その答えにどうアプローチしたかが大切で、答えが間違っていてもアプローチが正しければ減点されても点数がもらえる。
しかもアプローチは人によって幾つもあるんだ。
上でも書いたけど、人それぞれ違う考え方を持っているんだから。いろんなアプローチがあって当たり前。
国語では自分の「考え方」を否定された。
数学では自分の「考え方」を受け入れてくれた。
果たして、学校でやる国語から何を学べというんだい?
なんて、いまでも思う。
本はすごく好きだし、テストで点を取る人より多くの本を読んでいる自信があった。
だけど、いまでも、分からないことがある。
中学校の時の国語の先生も。
高校の時の国語の先生も。
「数学は答えが1つだけど、国語は答えがたくさんあるから楽しいんだよ。だからもっと本をたくさん読みなさい。」みたいなことを言っていた。
そのくせテストの答えはひとつ。
次の空欄に何が入るか?みたいな問いに。間違った答えをいれた時に、僕は先生に反論した。
「答えは1つなんですか?少なくとも僕はこの言葉の方が適切だと思った。答えが1つだというなら、それはただの押し付けであって、記憶力テストではないか?」
ひねくれていたとかじゃなくて、本気で思った。
この時、主人公はどの様な気持ちだったか?なんて問いもあったけど、これも決まって答えは1つ。
人それぞれ考え方が違うように、
俺は、主人公はそんな気持ちじゃなかったと思う。なんて考えていた。
その点、数学はどうだろう?
数学って答えが1つだと思う?
俺はNOだとおもう。
確かに、最終的な答えは1つなんだけど、
数学っていうのは、その答えにどうアプローチしたかが大切で、答えが間違っていてもアプローチが正しければ減点されても点数がもらえる。
しかもアプローチは人によって幾つもあるんだ。
上でも書いたけど、人それぞれ違う考え方を持っているんだから。いろんなアプローチがあって当たり前。
国語では自分の「考え方」を否定された。
数学では自分の「考え方」を受け入れてくれた。
果たして、学校でやる国語から何を学べというんだい?
なんて、いまでも思う。


