林檎のブログ -2ページ目

許せない。

「ひるおび」に地元出身の小野寺五典議員が出るというので、今日のお昼休みはそれを見た。

小野寺議員は自らが被災しながらも、被災地と東京を何度も往復し、被災地の声を国会やテレビに届けてくださっている自民党の議員です。

そんな小野寺議員に対してうつみ宮土理が「ネクタイ外して避難所で生活してみたら」とか「やってないから苦しさがわからないんだ」と声を荒げた。

小野寺議員は何か言おうとしていたけど、うつみ宮土理が喋らせなかった。

これは許せない!!

地元や被災地の方なら小野寺議員がどれだけ頑張ってくださっているかわかってると思う。

でも、何も知らない人からすれば、うつみ宮土理の正論に何も言えなかった国会議員、と映るのでは…。





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おやつ。

懐かしのマイソールフード!!

photo:01



お母さんに買ってもらった(笑)

やっぱり美味しかった(^^)


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帰省。

GW~実家~

私の実家やその近所はびっくりするぐらい何も変わっていなかった。

今回初めてわかったんだけど、どうやら私の地元は地盤がかなり固いらしく、家具が倒れる事も物が落ちる事も無かったらしい。家具はもともとL字のやつで止めていたからかもしれないけど。実際、私が帰省した数日間も地震は毎日あって、地鳴りはするんだけどあまり揺れなかった。

我が家では、日曜日はいつものど自慢を見ているんだけど、家に入ってその音を聞いた時はすごくほっとした。家に着くまでに、津波で浸水した家を片づけている人達を見かけたから余計にね。

一通り震災の話をすると、母は「すごく眠い。顔を見て安心したのかな~。こんなに眠いのは久しぶり。」ってお昼寝をした。何も被害が無いのは知ってたから安心して実家に帰るのが遅くなってしまったけど、もう少し早く帰ってくれば良かったなと後悔...。

電話で近い親戚や近所の被害の話は聞いていたけど、じっくり話してみると何歳上の○○さんや△△さんの奥さんと子供が津波で亡くなったとか、××さんの息子の遺体は首と体が別々の場所で発見されたとか、とにかくたくさんの被害の話を聞かされた。各家庭にだいたい一人は失業者がいるのも分かったし、被災地で実際に起きてる事件や家を流された人達の本音も聞くことができた。改めてとんでもない事が起きてしまったんだなって感じたよ。

母は行方不明の親戚を探しに避難所をまわったらしい。それでも見つからなくて遺体安置所に行って、自衛隊の方に遺体の写真を見せてもらったらしいんだけど、とんでもなかったみたい。そういう仕事に携わっている自衛隊や市の職員の方には本当に脱帽です。

私の地元は被災地の中でも結構メジャーで、我が家のような被害が無い家にも支援物資がいろいろ届いていた。日本全国いろいろな町から届いてるみたい。有難いね。マスクも各家庭に配られたりしていて、市がしっかり対応しているのがわかった。仙台市はその点どうなっているんだろう。支援物資が届かないのはいいとして、安否確認も無かったな。だから行方不明者も把握できないんだろう。

地元の新聞を見てびっくり!!1ページまるまる訃報広告。こんなの初めて見たよ。毎日なんだってさ。載せても載せても載せ切らないんだろうな。記事も全部震災関係。広告は閉店のお知らせや営業再開、移転のお知らせが多かった。とにかく全部震災。

会いたい友達にはだいたい仙台で会えたので、今回は友達には会わなかった。会いに行く足が無かったっていうのもあるんだけど。近い親戚にはだいたい会えた。このまま皆が無事に過ごせるといいな。

GW〜被災地〜

5/2に誕生日休暇を取って、5/1~5の5連休。

震災から50日経ってやっと実家に帰った。いつも使ってる電車は県内のJRで唯一復旧のめどが立ってない路線。バスはどれだけ混むのかわからないので、新幹線で帰った。実家に新幹線で帰るのは初めてだよ。GWだというのに新幹線の自由席は1車両に5人ぐらいしか乗ってなかった。指定席も7割ぐらいしか席が埋まってなかったな。

駅には兄が迎えに来てくれて、そのまま被災地を案内してくれた。本当はそういう風に見に行くのは良くないみたいだけど、自分の生まれ育った町だから見ておきたかった。

とにかくびっくりした。復興なんて言葉は簡単に口にはできないと思ったよ。道路は通れるように片付いてるけど、住宅地はそのまま。これは本当に全部片づけ終わるのかな。

骨組みだけ残ってる水産加工場にたくさんの草が引っかかってる様は不気味だった。

普通に建ってるように見える家は実は流されてきたものだったり、平屋建ての家かなって思ってよく見ると2階部分だけがどこからか流されてきたものだったり。自分の家がこんな状態だったらどんな気持ちなんだろう。想像しただけで胸が苦しくなる。

何もないから海がよく見えた。ここから海って見えたっけ?っていう場所がたくさん。

山の方を見て更にびっくり。遠くの方まで瓦礫があった。あんな所まで波がいったのか。小高い所に立ってる家まで壊れてる。一体何mの波が来たんだろう。

港の方に行くと、小綺麗な格好をして写真を撮ってる人達がたくさんいた。明らかに地元の人ではない。私も被災地を見て回ってるから同じなのかもしれないけど、自分の故郷の悲惨な状態が見せ物になってるのは悲しかったな。兄は怒っていた。

我が家御用達のお店は建物は残っていたけど、1Fが何も無かった。店員さんは無事だったのかな。

港に近い辺りは信号が無く手信号だった。防災無線のスピーカーが倒れていた。

少し行けば普通の風景だった。そんな普通の中で違和感を感じるのは、学校の校庭に自衛隊のテントがたくさん張ってあったことかな。本来ならば子供たちが走り回るはずの校庭に自衛隊の車両とテント。とんでもない事が起きたんだなって改めて思った。






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