…………………
ブログの更新…
忘れてた………
…………(Θ_Θ;)
だめだぁーーーっ
『なかなか順調に更新できてるなぁ
』と油断したのが運の尽き…
本当に困りもんです。
気づけば今年もあと2週間ほどで終わりです
10月頭から、長らくストップしていた劇団も動き始めて、
ゆっくりですが、私達のはまた芝居をし始めています
来年にはまたみなさんの前で、コズミックシアターらしい芝居をうてたらいいなぁとおもっています
これを機にまたブログも更新するので、覗いて下さいね
ブログの更新…
忘れてた………
…………(Θ_Θ;)
だめだぁーーーっ

『なかなか順調に更新できてるなぁ
』と油断したのが運の尽き…
本当に困りもんです。
気づけば今年もあと2週間ほどで終わりです

10月頭から、長らくストップしていた劇団も動き始めて、
ゆっくりですが、私達のはまた芝居をし始めています

来年にはまたみなさんの前で、コズミックシアターらしい芝居をうてたらいいなぁとおもっています

これを機にまたブログも更新するので、覗いて下さいね

初めての広島について、レポートしようと思ってるんですが、
正直、
複雑な気持ちです。
1回ではわからない。
到底理解しえない現実でした。
見ればわかる、感じられる、共感できると思ってた自分が嫌になります。
それでもどうにか自分の中に渦巻いていた何かを解読するため、一生懸命資料館の中をくまなく見てまわりました。
そこで気づいた事は、
日本が“平和にボケている”ことです。
ホンマにかなしい。
ホンマにくやしい。
日本人は、何を思いここに来たんだろう。
他国語解説モニターのボタンをゲームの操作ボタンみたいにムダに何度も押してみたり
資料が陳列してあるガラスケースの上に『暑ぅ~』と張り付いて冷たさを求めたり
携帯で『おまえも来いや!!涼しいぞ☆』と大声で話したり
わざと聞こえる位の大きさで『前が動かんから私ら見られへんやんなぁ』と文句を言うたり
ここが何のためにある施設なのか、考える気もない。
子供だからいいとか
大人だからダメとか
そういう問題ではなくて
すべての人が“平和”について考える場でなければいけないはずです。
大人は子に教えてもやらないといけない。
平和記念資料館の中で、隣にいる人にさえ思いやりをもてない人が、
平和を求める権利はない。
平和を守れるはずがない。
まだまだ理解不足の私が言うのは間違いなのかもしれないけれど、
私はそう思わずにはいられませんでした。
正直、
複雑な気持ちです。
1回ではわからない。
到底理解しえない現実でした。
見ればわかる、感じられる、共感できると思ってた自分が嫌になります。
それでもどうにか自分の中に渦巻いていた何かを解読するため、一生懸命資料館の中をくまなく見てまわりました。
そこで気づいた事は、
日本が“平和にボケている”ことです。
ホンマにかなしい。
ホンマにくやしい。
日本人は、何を思いここに来たんだろう。
他国語解説モニターのボタンをゲームの操作ボタンみたいにムダに何度も押してみたり
資料が陳列してあるガラスケースの上に『暑ぅ~』と張り付いて冷たさを求めたり
携帯で『おまえも来いや!!涼しいぞ☆』と大声で話したり
わざと聞こえる位の大きさで『前が動かんから私ら見られへんやんなぁ』と文句を言うたり
ここが何のためにある施設なのか、考える気もない。
子供だからいいとか
大人だからダメとか
そういう問題ではなくて
すべての人が“平和”について考える場でなければいけないはずです。
大人は子に教えてもやらないといけない。
平和記念資料館の中で、隣にいる人にさえ思いやりをもてない人が、
平和を求める権利はない。
平和を守れるはずがない。
まだまだ理解不足の私が言うのは間違いなのかもしれないけれど、
私はそう思わずにはいられませんでした。
私は物心ついた頃から、『戦争』にとっても興味があります。
“興味がある”って言い方は不謹慎なのかもしれません。
でも、
後世に伝えなきゃいけないとか
日本の真実の姿を知っておくべきだとか
そういうものとは何か違う、『興味』に近い感情なんです。
もちろん、戦争の真実をきちんと知り、二度と繰り返さない事の重大さも感じています。
なんだろ、この感覚。
以前、戦争で弟を亡くした少年の写真を見たとき、感情が湧くより前に涙が止まらなくなったことがありました。
悲しい
苦しい
淋しい
愛しい
そういうものを感じる前に、水道の蛇口をひねったように涙が溢れて止まらなかった。
とても不思議な感覚でした。
そんな私は明後日、初めて広島へ行くことになりました。
正確に言うと、原爆 資料館に行くのが初めてなんです。
広島も長崎も行きたいと公言し続けてきたのに、今までことごとく機会を逃してきました。
やっと、やっとです。
またブログで報告します。
“興味がある”って言い方は不謹慎なのかもしれません。
でも、
後世に伝えなきゃいけないとか
日本の真実の姿を知っておくべきだとか
そういうものとは何か違う、『興味』に近い感情なんです。
もちろん、戦争の真実をきちんと知り、二度と繰り返さない事の重大さも感じています。
なんだろ、この感覚。
以前、戦争で弟を亡くした少年の写真を見たとき、感情が湧くより前に涙が止まらなくなったことがありました。
悲しい
苦しい
淋しい
愛しい
そういうものを感じる前に、水道の蛇口をひねったように涙が溢れて止まらなかった。
とても不思議な感覚でした。
そんな私は明後日、初めて広島へ行くことになりました。
正確に言うと、原爆 資料館に行くのが初めてなんです。
広島も長崎も行きたいと公言し続けてきたのに、今までことごとく機会を逃してきました。
やっと、やっとです。
またブログで報告します。
(笑)









