こんにちは。りんご
ママです。
2018年12月4日 17週6日のこと
この日は朝からLDRへ移動。
陣痛を起こして、いよいよ出産。
怖かった。
一度経験してるはずなのに、8年も経つと忘れてる。
安産だったし。陣痛を味わったのもほんの2、3時間
程度だった。
なんで麻酔してくれないんだろう。
前回の稽留流産は全身麻酔だったのに。
眠ってる間に全てが終わればいいのに、と思った。
LDRへ移動してから、しばらくして当直の
若い男性医師がやってきた。30代だろうなぁ。
さすがに恥ずかしい、と思った。
昨日の最後のラミナリアを抜く。
激痛とまではいかないものの、痛い。
たくさん出血していた。
またしばらくして看護師さんが採血にやってきた。
いつも採血する左腕は点滴。右腕は、採血で簡単に
うまくいった試しがない。
2回失敗して、別の看護師さんに代わり、また2回失敗。
最後は、先ほどの医師がきて1回失敗。最終的には
6回目のトライでやっと採血できた。これが原因か
それともこの後破水したことが原因かは分からないけど
とんでもなく寒くなってガタガタ震えてきた。
少し暖まれば落ち着くだろうと思ったけど、エアコンの
温度を上げてもらっても、電気毛布をかけてもらっても
一向におさまらない。
結局分娩まで、ずっとガタガタ震えていた。
次に助産師さんが様子を見にきた時、トイレに行きたい
と伝えると、赤ちゃんがまだ小さくて出てきちゃう可能性も
あるから、ポータブルトイレを使ってくださいとのこと。
分娩台のすぐ横に持ってきてくれたポータブルトイレに
腰かけたその時、何か股の間に違和感。
何か出てきた!
すぐに助産師さんに伝えると、一旦分娩台に戻りましょう
と言う。
ええええ。このまま赤ちゃん出ちゃうの?!
分娩台に戻っても、もう今にも赤ちゃんが出てきそうな
感じが自分でわかった。
助産師さんたちが、慌ただしく分娩の準備をする。
私の足にカバーをかけて、足元にシートを広げる。
先ほどの当直の若い医師とは別の女性の医師が
来た時には、もう赤ちゃんと一緒になにかが
にゅるんと出てきた。
あぁ、陣痛が来る前に出てきてくれた。私が苦しむ前に
赤ちゃんは出てきてくれたのかな。。。
これで全部終わったんだ。
そう思うとまた涙が溢れてくる。
いつのまにか別の先生も来て、エコーでお腹の中を
確認する。もう全部出たと思ったけど、甘かった。。
胎盤がまだ残っていた。
この胎盤を出すのが、痛いのなんの。
なんで赤ちゃんを失って、さらに こんな思いを
しなければならないのか。
なんの罪もない先生が憎らしく思えるほど痛かった。
すべての処置が終わる頃には、
いつのまにか震えも止まっていた。
午前9時27分
私の小さな小さな赤ちゃんは静かにこの世に生まれた。
本当は、もっと暖かくなった5月に生まれるはずだった。
早すぎる。
こんなはずじゃなかった。
生まれてすぐの赤ちゃんを
小さな声で一生懸命泣く赤ちゃんを
上の子の時と同じように
カンガルーケアするはずだった。
先生が
「赤ちゃん、とてもきれいな姿で出てきたよ。連れてくる?」
と聞いてくれたので、小さい声で「はい」と返事した。
もう決心していた。
ちゃんと受け止めよう。
赤ちゃんを見送ろう。
どんな姿なのか怖かった。
でも、どんな姿でも私の小さな赤ちゃんなんだ。
「じゃ、もう少しきれいにしてから、連れてきますね」と言って
助産師さんが、赤ちゃんをLDRから連れ出した。
30分、40分くらい待っただろうか。
小さい白い箱に入れられて赤ちゃんが来た。
助産師さんが蓋をあける。
思ったよりもずっと小さかった。14センチ、40gだったそうだ。
赤ちゃんは水色のクマの模様のおくるみに包まれていた。
助産師さんが、同じ布で作られたお守りのようなものと
メッセージカードを渡してくれた。
天使のブティックという、天使になった赤ちゃんたちの
ママがボランティアで小さな小さな赤ちゃんの洋服を
作って産院に置いてもらっているそうだ。
赤ちゃんは、頭蓋骨がゼリー状の形成途中の透明な
皮膚で覆われているような感じに見えた。
目も耳も鼻も口も、まだできかけ。
でも手も足も指がちゃんと5本ずつ。
性別は分からなかった。
性別がわからなかったことを残念に思う一方で
これ以上感情移入しないほうが良い気がして
これで良かったのかもしれないとも思えた。
こんなに早い時間に生まれてしまうとは
まったく思ってなくて、旦那さんが来る時間を
13:30にしていた。
元々立ち会ってもらうつもりもなかったし、
旦那さんは赤ちゃんを見たくないだろうなって思ってたので
これで良かったんだと思った。
12時ごろには落ち着いて病室に戻ることができた。
朝から何も食べていなかったので、
こんな時でもお腹は空いていた。
お昼ご飯を食べて、しばらくすると旦那さんが到着した。
13:30に葬儀屋さんが来るという。
師長さんが、気を遣ってくださり 空いていた
特別室を使わせていただいた。
応接セットのある立派な部屋だった。
葬儀屋さんと一通りの書類を取り交わして
赤ちゃんを引き取る準備をするため葬儀屋さんは
一度部屋を出た。私たちも自分の病室に戻った。
しばらくして 師長さんが準備ができたと呼びに来てくれ
私たちを「ひかりの部屋」と書かれた部屋へ
案内してくれた。
そこには もう葬儀屋さんがいて、私たちの赤ちゃんが
桐の立派な棺に納められていた。
私の決意が遅かったせいで、全てが葬儀屋さんに
お任せのプランだった。
旦那さんなりの気遣いだった。
火葬の後、赤ちゃんは永代供養のお寺の共同墓に
納められることになっていた。
これで良かったのか、今でもわからない。。。