お昼休みの一時間

最近左耳の絶不調で音楽聴くのもなんだしなあということもあり

読者に励む

周りの話やNHKのテレビ放送が ほんとに雑音に聞こえる

「良い」意味でアヒルスピーク、とでもいいたくなる

とにかくは そんなお昼休みは孤独で楽しい一時間なのだ

私は1984年には存在していなくて

それが可能だとしてもやはりそこにはいない

それでもその文字通りの年から数年後に誕生したかと思うとワクワクする

自分の声がいつもより大きな音に聞こえる

もちろん呼吸も

だから少しあがったこの息の音が周りにきづかれないようにきをつける

気をつけることなんて気持ちばかりだけど、気づかれていないか周りを気にする

誰も気に留めることさえないだろうに



なんだか気づかないうちに再開をしていたのですな

では私も参加ということで

最近はというと

夜寝るようになりました

寝なきゃ昼寝ちゃうーという不思議な言葉を唱え 落ちる

両側に好きな人がいて

片方小さな手

片方大きな手と

繋いで握って寝ております

寒い夜ですので風邪などひかれませんよう

おやすみなさい








音としてではなく、姿を以ってしてでもなく、文字の交換。


いつ返ってくるのかもわからない、あるいはとても一方的であって二度と返ってこないかもしれない。


それでも良くて。


短い何文、あるいは文字の中にそこには確実にあなたの価値が現れる。


それに触れることは、誰より近く感じたりするわけです。






画面の中の虎を恐がるジョゼをみて、なぜだか泣きたくなったよ。


あなたは少しエロティックなとこが良いんだと言ったけど、


それさえ共通項である気がして


嬉しくて。



また日記を書いて。



私もたまには書くから。




こういうのってはじめてだっけ?

自分のなかのありったけの記憶やらを頭にえがいて。

そんなこと、ない、と頭はいってる。


じゃあ、たいしたことない。


いつもの、よくある出来事のひとつ。


深くなんてなかったさ。


ときに寧ろ障害に感じた。


大事なモノは、ナニモ、ウシナワナイ、


そうなんだ。






突然、前触れもなく、ここにあったから、


だからただ少し動揺しているだけ。


極度の心配性と、みんなに自慢できるくらいチキンだからね。こんな反応。





でもさ、みんな、ほんと、良い人だった。






今日が最後の一箱と、なるはずであろうその一本が、吸い口に火をつけてしまってまずかった。





きょうはいつもとちがうひ。


あしたはきょうとちがうひ。




真っ白な本棚はいまは白い壁だけのこっている。