今日はクリスマスイヴです。
そして今日は限りない感謝と幸せな気持ちを体験しました。

せっかくなので、最近起きた素晴らしいことたちを、この聖なる夜に徒然なるままに書いてみたいと思います。

※すごく感覚的なことを書こうとしているのですが、
どうがんばっても的確な言葉を見つけることができないので、
「うーん」とか「すーん」とかいうニュアンスも文字にしちゃいます。ご了承ください。




最近の一番の大きな出来事は、
「何かを目指さなくて良い」
ということを知ったことです。

いつもいつも、物事には何か「完璧」や「優秀」があると思っていたんですね。
いわば、「目指すべき形」です。

勉強をしていても、満点を取らなきゃ。
絵を描いていても、「上手い絵」を描かなきゃ。
歌を歌っていても、「上手に」歌わなきゃ。
職場では、営業成績がトップにならなきゃ。
新しく出会った人には「素敵な人」と思われなきゃ。
事務ではミスなんてひとつもしちゃいけないし、
話術が上手くなきゃ誰にも興味を持ってもらえない。
この歳では年収はこのくらいじゃなきゃ。
あーだこーだ。

すべてに「1番良い形」があって、
それができない自分は劣っている

そう思っていました。



でも、えーと、あれは、1週間前でしょうか。
いきなり、世界が見えたんです。

えーと、確か、夜に、部屋で寝っ転がっていて、
なぜか、分かってしまったんです。

「目指すべき形」なんてない。

「正解」なんてない。

あるのは、

ただ、私たちが存在していて、

それぞれが、それぞれを生きれば良いのだ、と。



ああー、言葉にできない。


うーん、なんていうか、すごく感覚的なことなんですけど、
でも、確固とした、実感があって、
それぞれが、それぞれを生きて、それぞれが正しいんだ、って。

うーん、伝わるでしょうか。


でね、それが見えた瞬間、私が抱いた感情は、

恐怖でした。

正直言って、「怖い」という感情が出てきました。


だって、今まで「目指すべき形」があって、
それを目指して努力していれば良かったのに、
そのゴールが消失したんですよ?

「じゃあ、私はどこを目指せばよいの?」
「正解はなんなの?」
「え?正解がないの?」

つまり本当の意味で、「自由に生きて良い」
いや、この言い方だと、誰かに許可されているみたいですね。


「自由に生きることができる」
こっちのがいいかな。

うーん、でもこれだと、弱いかんじがするな。

「自由に生きなければいけない」
ううーん・・・ 別に強制されているわけじゃないんですよね・・・。

「私たちは自由だ」
これがいいかな。

自由であり、自由っていうのは、
ナンバーワンは存在しなくて、
みんなオンリーワンで、
オンリーワンでいることが、私たちのベストな状態で、
そもそも、何かと何かを比べたり競ったり、ナンバーワンを決めることはできない。
(マッキーにはこれが見えていたのだろうか・・・)

だから、私たちは、「自分」を生きるしかない。



それを知った瞬間、怖かったんです。

「げー!模範解答ないのかよ!」

今まで模範解答に沿って生きようとしてきたりんごさんには
まさかの模範解答が存在しない、という状況は、ぶっちゃけ、恐怖でした。


でも、ここで、「怖い」と思って、考えるのを止めて逃げてしまってはいけない、と思ったんです。

だから、「怖い」っていう気持ちを素直に認めて、曇りなき眼で見定め(大ババ様!)ました。


そしてら、怖いっていう気持ちはだんだん薄れていって、

ただ、そうなんだ

と実感しました。




それからね、次の日から、いきなり、すごく、楽になったんです。
だって、「こうでなきゃいけない」っていうのが、もうないんですもん。
私は、ただ、私なんです。


例えばね、

仕事で、必要書類の記入を忘れたとします。

ミスですよ。それは。だって、記入することが必須なんですもん。
忘れちゃったら、重大なミスです。不正解です。間違いです。

でも、別に、忘れてもいいんですよ。

いや、仕事的にはダメなんですけど、
それは、仕事の枠の中での「ミスと考えられていること」であって、

≪ 私は「ミスと考えられていること」をしない人間 でいなければいけない ≫ なんてことは全然ないんですよ。

ミスすると、「ああ、私って仕事できないな」
「もっと仕事ができて、使える、価値の高い人間になりたい」
なんて思うじゃないですか。(少なくとも私は今まで思ってました)

でも、それって、私の価値には全く関係ないんですよ。
っていうか、仕事のミスと、自分の価値を結びつけるなんて、
もう、「なんていきなり自分の価値の話になるの?!」ってくらい、
突拍子もない斬新な切り口なわけですよ。

うーん・・・例えがわかりにくいかな・・・。



例えば、この年齢の平均年収はこのくらい、とか、
そもそも、みんなオンリーワンで、それぞれ「自分」を生きている状態なのに、
「平均」も何もないわけですよ。

年収10億だろうが、年収0円だろうが、いいんですよ。
それぞれがそれぞれを生きているんだから。

優越感や劣等感、恥ずかしいとか思う必要ないんですよ。
だって、それは、一人ひとりの表現だから。
その人が自由に、その人自身を生きているだけなんだから。

だから、10億が「勝ち組」っていう風潮はおかしい。
っていうか、「風潮」ってもの自体おかしい。
「風潮」って「平均」と似てるなあ。


ええと、今、例えを出して、
「正解はない」「一人ひとりが自由」だってことを何とか説明したかったんですけど、

たぶん、伝わってないですよね。はい。すみません。

なんていうか、ほんと、言葉にできないーー!!!!

ほんと、言葉って無力ですね。




でも、ほんと、いきなり見えたんですよ。
ああ、そうなんだ、って。

強烈なきっかけがあったわけでは全くなく、
なんか、ふと。




そして、そろそろ眠いので、今日は寝ます。

書きたかったことの8分の1も書けていないです。
消化不良です。
読んでるみなさんの方が消化不良ですよね。笑。

徒然日記だからしょうがないです。

眠いので、また後日。


みなさま、すてきな夜を。