一昨年あたりから、ふとしたときに、いきなり、大きいものが見えるときがあるんですね。
一年に一回くらいのペースで。
・・・・少なっ!\(^o^)/
それを書いてみようと思います。
初めてその感覚がきたのは、冬で、夜に河原でランニングしていたとき。
そのときは無職で、鬱で、過食で、自分が恥ずかしくて、誰にも会わずに毎日引きこもっていたときで、
昼間、明るいときに外に出て、こんな自分を誰かに見られるのが恥ずかしくて、
夜になったらこっそり外に出て、誰にも会わなそうなルートをランニングしていたのです。
私のそのときの状態をすごく馬鹿にしてきて、見下してくる態度を取られた友人が一人いて、
その子とは、それ以来もう会っていないのですが、
会っていないにも関わらず、毎日その子のことが頭から離れなくて、
毎日その子への恨みつらみを抱えていた、という
自分でも、
わたし暗すぎ\(^o^)/
という状態が続いていました。
そんなとき、その日も、夜にランニングをしていて、すごく寒い日だったんですけど、
ニンニクジュースにハマっていた時で、ニンニクジュース飲んでから走ってたんです。
で、その日、なんだかニンニク摂りすぎちゃったみたいで、かなりハイになってた。
・・・・ニンニクって摂りすぎるとハイになるってそのとき初めて知りました。
なんか、身体の中が熱くて、いてもたってもいられなくて、鼻血でそうな感じでした・・・。
そんな走る前からランナーズハイ状態なりんごさん。
走っている途中に、いきなり、
なんか、ぶわあっと、イメージが降りてきたんです。
イメージって言っても、静止画じゃなくて、なんか、うにょうにょ波立っていて、
映画を見ているようで、自分がその一部のようで、
ストーリーもなく、ただ一瞬見えただけで、
いや、もしかしたら10秒くらいだったかもしれないし、3秒くらいだったかもしれないし、
でも、そんな短い瞬間に、ぜんぶが凝縮されていて、
「全部大丈夫」
っていう世界が見えたんです。
メッセージとかじゃなくて、もちろん言葉ではなくて、
イメージって言葉もしっくりこなくて、
どっちかっていうと映像に近いんだけど、映像でもなくて、
なんとも言えない。
「世界が見えた」って感じかも。
で、何も言葉で説明できる世界じゃないのに、
今起きていることは全部大丈夫で、
私を否定してきたその友達でさえも、私の完璧な流れの一部で、
それは美しいもので、愛に包まれているんだよ、って
私は、ぜんぶ、大丈夫なんだよ、
っていう感覚が見えたんです。
なんか、大きい流れの一部を垣間見れた感じ。
感覚って感じるものだけど、
感覚を見た、って表現のが合ってる気がする。
うーん、感じていた のも確かなんだけど、再現できない何かを見たのも確かだから。
そういうのは、それが初めてだったから、
(もしかしたら幼い頃はいつも見ていた感覚なのかも。
もし、そうだとしても、もう忘れちゃってるくらい、大人になってからは見たことない感覚)
びっくりして、何が起きたのかよく分からなくて、
でも、そのとき見えたものはしっかり覚えていた。
で、
ああ、この本当に嫌なこの人も、完璧で、私の味方で、
私をより良くしてくれるために現れてくれたんだ、
って見えたんです。
ちなみに、その感覚にどうしてもまたなりたくて、
ニンニクジュースを飲みながらランニングをその後も何度かしてみたのですが、
鼻血が出そうになるだけでした(笑)
あのとき見えたのは、世界の本当にほんの一部だったけど
でも、世界が見えて、何か大きなものに繋がっていて、
本当に奇跡みたいな感覚だったんです。
ちなみに、そのあとも、その友人のことは好きじゃない(笑)
けど、心のもう一方の部分で、あの子も完璧だし、私を成長させてくれた、って分かってる。
完全に「感謝しかない!」って状態には、私はまだ未熟すぎて至れていないのですが、
きっと私がもっと成長したら、本当に感謝の念だけを抱ける・・・気がする。
で、結局、そのあと、1年半以上その感覚は全然こなくて、
次に、来たのが、この記事のときでした→「ただ、わたしがいるだけ」
去年の秋~冬頃ですね。
で、今年の1月に、またその感覚がきたんですが、
そのことは次の記事で書きまーす!
一年に一回くらいのペースで。
・・・・少なっ!\(^o^)/
それを書いてみようと思います。
初めてその感覚がきたのは、冬で、夜に河原でランニングしていたとき。
そのときは無職で、鬱で、過食で、自分が恥ずかしくて、誰にも会わずに毎日引きこもっていたときで、
昼間、明るいときに外に出て、こんな自分を誰かに見られるのが恥ずかしくて、
夜になったらこっそり外に出て、誰にも会わなそうなルートをランニングしていたのです。
私のそのときの状態をすごく馬鹿にしてきて、見下してくる態度を取られた友人が一人いて、
その子とは、それ以来もう会っていないのですが、
会っていないにも関わらず、毎日その子のことが頭から離れなくて、
毎日その子への恨みつらみを抱えていた、という
自分でも、
わたし暗すぎ\(^o^)/
という状態が続いていました。
そんなとき、その日も、夜にランニングをしていて、すごく寒い日だったんですけど、
ニンニクジュースにハマっていた時で、ニンニクジュース飲んでから走ってたんです。
で、その日、なんだかニンニク摂りすぎちゃったみたいで、かなりハイになってた。
・・・・ニンニクって摂りすぎるとハイになるってそのとき初めて知りました。
なんか、身体の中が熱くて、いてもたってもいられなくて、鼻血でそうな感じでした・・・。
そんな走る前からランナーズハイ状態なりんごさん。
走っている途中に、いきなり、
なんか、ぶわあっと、イメージが降りてきたんです。
イメージって言っても、静止画じゃなくて、なんか、うにょうにょ波立っていて、
映画を見ているようで、自分がその一部のようで、
ストーリーもなく、ただ一瞬見えただけで、
いや、もしかしたら10秒くらいだったかもしれないし、3秒くらいだったかもしれないし、
でも、そんな短い瞬間に、ぜんぶが凝縮されていて、
「全部大丈夫」
っていう世界が見えたんです。
メッセージとかじゃなくて、もちろん言葉ではなくて、
イメージって言葉もしっくりこなくて、
どっちかっていうと映像に近いんだけど、映像でもなくて、
なんとも言えない。
「世界が見えた」って感じかも。
で、何も言葉で説明できる世界じゃないのに、
今起きていることは全部大丈夫で、
私を否定してきたその友達でさえも、私の完璧な流れの一部で、
それは美しいもので、愛に包まれているんだよ、って
私は、ぜんぶ、大丈夫なんだよ、
っていう感覚が見えたんです。
なんか、大きい流れの一部を垣間見れた感じ。
感覚って感じるものだけど、
感覚を見た、って表現のが合ってる気がする。
うーん、感じていた のも確かなんだけど、再現できない何かを見たのも確かだから。
そういうのは、それが初めてだったから、
(もしかしたら幼い頃はいつも見ていた感覚なのかも。
もし、そうだとしても、もう忘れちゃってるくらい、大人になってからは見たことない感覚)
びっくりして、何が起きたのかよく分からなくて、
でも、そのとき見えたものはしっかり覚えていた。
で、
ああ、この本当に嫌なこの人も、完璧で、私の味方で、
私をより良くしてくれるために現れてくれたんだ、
って見えたんです。
ちなみに、その感覚にどうしてもまたなりたくて、
ニンニクジュースを飲みながらランニングをその後も何度かしてみたのですが、
鼻血が出そうになるだけでした(笑)
あのとき見えたのは、世界の本当にほんの一部だったけど
でも、世界が見えて、何か大きなものに繋がっていて、
本当に奇跡みたいな感覚だったんです。
ちなみに、そのあとも、その友人のことは好きじゃない(笑)
けど、心のもう一方の部分で、あの子も完璧だし、私を成長させてくれた、って分かってる。
完全に「感謝しかない!」って状態には、私はまだ未熟すぎて至れていないのですが、
きっと私がもっと成長したら、本当に感謝の念だけを抱ける・・・気がする。
で、結局、そのあと、1年半以上その感覚は全然こなくて、
次に、来たのが、この記事のときでした→「ただ、わたしがいるだけ」
去年の秋~冬頃ですね。
で、今年の1月に、またその感覚がきたんですが、
そのことは次の記事で書きまーす!