お母さんの心を優しく育む
ヒーリングアート
原田優子です![]()
今日は大人げない話。
朝、娘を学校の昇降口まで
送るのが楽しみな母です
でも、昇降口の前で並ぶ
娘の同級生たちに
たいていこう言われます。
「なんでお母さん来てるの?
私は一人でちゃんと来てるよ」
朝、娘を学校の昇降口まで
送るのが楽しみな母です
でも、昇降口の前で並ぶ
娘の同級生たちに
たいていこう言われます。
「なんでお母さん来てるの?
私は一人でちゃんと来てるよ」
「まだお母さん来てるの?」
これを言われた娘は
いつも困惑した顔…。
今日は伝えました
「お母さんが
子どもの顔見るの好きで
楽しみで来てるよ
面白いことに
子どもたちの間でも
私と子どもの間でも
「
というミスコミュニケーション
発生中です
小さい子どもは特に
ご家庭の価値観が
そのまま出ているから
そのような考えになっているのだと
私は思っておりますが…
親に
「もう一人で学校行けるでしょ?」
と言われたら
子どもは
「うん。」
と答えますよね。
それが普通だから。
ということで
そういう会話に繋がるのですが
その言い方で
子どもの心が見え隠れするわけです。
娘の表情が固まるほど
言葉がキツイのですよ。


私の趣味のような付き添いは
よく頑張ってるね
と子どもたちに声をかけることと
踏切を渡る子どもたちを
見守ること。
これもセットになっている。
「心配で」
いつまでも付き添っている
と思わないで欲しいなと
たまに思うわけです
それが普通だから。
ということで
そういう会話に繋がるのですが
その言い方で
子どもの心が見え隠れするわけです。
娘の表情が固まるほど
言葉がキツイのですよ。
私の趣味のような付き添いは
よく頑張ってるね
と子どもたちに声をかけることと
踏切を渡る子どもたちを
見守ること。
これもセットになっている。
「心配で」
いつまでも付き添っている
と思わないで欲しいなと
たまに思うわけです
付き添いの理由が
子どもが心配な人
安全を見守りたい人
ヒマな人
楽しみな人
運動の人
出勤ついでの人
どんな考えもOK。
でも、
歩く子どもの周りに
大人の目があることは
今の時代
結構大切なような気がします。
やっぱり自分の趣味は
大事にしよう
どんな考えもOK。
でも、
歩く子どもの周りに
大人の目があることは
今の時代
結構大切なような気がします。
やっぱり自分の趣味は
大事にしよう
子どもの笑顔が好きだから。










