どもども
台風ということで
雨が凄いっすね(^-^;
雨の日は不機嫌だった高校までの自分が黒歴史だなーと思うくらいには大人になったなと実感した主ですw
おはこんばんちは・ω・
昨日あるセミナーに行きまして
そこでためになる話というか
目から鱗な話を聞いたのでちょいと書きます・ω・
できる人間と出来ない人間の差についてみたいのが結構面白かったんですが
ちょいと説明しきれないのでそれはまたの機会に←
私たちが10代の頃、何でもかんでも出来てた人っていると思います
ですがそれは両親から頂いた能力のおかげらしいです
そして20代になると遺伝子情報が少し薄れて
それまでの頑張りに影響されてくるらしい
つまり10代の頃なにもしなかったやつはここで頑張ってきたやつに置いてかれる
さらに年を重ねるとその人固有の才能が必要になり、そこで初めて個人の努力の成果として仕事が認められるのだとか
確かに子供の頃ってあんまり頑張らなくても何とかなったなと思いました・ω・
今頑張って自分の力を認めてもらえるようになりたいものです
大人ってただ待ってればなれるわけではないし嫌なことでも果敢に挑んでいきたいと少し思い始めました
今更な話なんですけどね(´・c_・`)
そんでもって話は変わりますが
感謝の話
「ありがとう」という言葉は漢字で「有り難う」ですが、
これは普通に「有る」事が「難しい」事、
有難いというのが元になっていて
まあ読んで字のごとくなんですが(^-^;
有難いの反対の意味は当たり前なんだそう
当たり前じゃないから有難い
ってことですね・ω・
日本語難しい…
では、
何処までが有難いことで
何処までが当たり前の事なのか、
その線引きは人それぞれだけど
だんだんと繰り返されていくと
「有難い」ことは
「当たり前」のことになっていることって多々ありますよね(´・ω・`)
前は有り難かったけどそれが今は普通で当たり前に感じるみたいな
それってよくよく考えたら可笑しな話ですよね
何かをしてもらったら有り難うと感謝する
そんな当たり前を当たり前に出来なくなってる気がします
自分がこんなことを考えるまで大きくなれたのは
親や自分に関わってくれた たくさんの人のおかげなのに
それにたいしてちょっと感謝したら感謝した気になるなんてやっぱり可笑しな話です
本当の感謝とは感謝してもしきれないものである
一回や二回有り難うを言ったらそれで終わりとかでなく
いつまでも続いていかなければ可笑しいものなんだなと
再認識した
とても有意義な時間を過ごせた一日でしたとさ(*´ω`*
日々の感謝が出来る大人に
有難いを当たり前に
[感じる]のではなく[発する]ことの出来る
大人になりたいものです
それでは今日はこのへんで
読んでくれて有り難うございました^ω^*
(●゚ω゚)ノシ bye
