14年前、当時、商社で働いていました♪ 食品流通の部署にいましたので、日本の物流網が、大震災に脆弱だということが、誰よりも身に染みて、体験しました。
首都直下型、または、南海トラフの大震災が起きた時には、1-2年は、都心への食料の供給が、ほぼゼロになります。
何故かというと、東京湾に集中する精油所が壊滅的な被害を受けるからです。
南海トラフ大震災の場合には、中京、関西の精油所も、同じく壊滅的な被害を受けますので、さらに深刻です。
そういう状況になると、親戚縁者を頼って、田舎に疎開して、何とか食料を確保する必要が出てきます。
ということが、14年前にわかりました。。。
◉都心のマンション
当時、東京都にある20階建てマンションに住んでいました。
丁度、マンションの管理組合の理事だったので、震災対策が議論されました。
(詳細を割愛しますが)
大震災が起きた時、建物は持ち堪えたとしても、2-3日間以上停電すると、マンションの下水浄化槽が汚水で溢れ返り、地下にある電源がショートして、長期間、下水が使えなくなることが分かりました。
都心の何百、何千というマンション、ビルが同じ状況になると、震災被害の中で、電源ショートの部品の交換は、期待出来ません。
ということが、14年前にわかりました。。。
地震だけでなく、富士山の噴火、世界的な食糧危機、世界的な戦争が起きても、同じ様に、都心に住んでいても、食べ物を確保することは困難です。。。
◉当時の震災対策
まずは水を確保しようということになり、かなり備蓄しました。(でも、せいぜい2-3週間分です)
他にも、電池、食料(缶詰類)を備蓄しました。
結局、地方に拠点を確保するしかないという結論になりました。
◉9年前に八ヶ岳・原村に移住した理由
上記の様に、あまりにも、都心が非常時に脆弱ということが、移住した理由の10分の1です。
残りの10分の9は、世の中があまりにも、危機的状況だったからです。
ここ数年、ディープステートの存在が世の中で、(一部ではありますが)知られてきました。
あまりにも、お金で、政治、経済も含めて、世界を支配している構造が強固だったので、魅力のある地方に移住して、移住先で、仲間を作る必要性を感じました。
そこで、日本で一番魅力的な田舎を探すことにしました。
将来、ハワイにも住みたい、カナダにも住みたいという思いがあり、似た様な場所を探し始めました。
何度も移住フェアに行ったり、気になる場所をリサーチ(旅行)したりしました。
その結果、縄文のご先祖に導かれる様に、原村のリングリンクホールの前の所有者の小林節子さんと出逢いました。
(この写真に出会った後、不思議なご縁が繋がりました)
◉リングリンクで学んだこと「無条件の愛」
9年前から、リングリンクで、シェアハウスとイベントホールを運営しています。
(詳細を割愛しますが)
人は能力よりも、精神性がとても大切だということです。
他人を批判、ジャッジする意識は、大なり小なり誰にでもありますが、人によって、随分と違います。
こういう意識を手放して、自分も他人も認めて愛する「無条件の愛」の意識にどれだけ近付けるか、ということが、もの凄く大切になってきます。
これから、風の時代になると言われますが、風の時代は、引き寄せの法則が働きやすい、自分が思考していること、行動していることが現実化しやすい時代です。
他人を批判していると、批判したくなることが、現実化しやすくなります。
①自分の天命、好きなことを追求して、自分らしく楽しく生きること
②善も悪もない、どちらでも良い、全ては神の計らいという、お気楽な気持ちでいること
そういうワンネスの世界に、これから常識が大転換して、「無条件の愛」で生きる人同士が繋がって、緩やかなグループ、緩やかなコミュニティになってきます。
そうなると、他人を批判、ジャッジする意識が強くて、威張ってばかりいると、誰からも相手にされなくなります。。。
超ハッピーで生きましょう❣️
最後までお読みいただき
ありがとうございました😊












