先生が亡くなった。
正確には亡くなっていた。先月に。
私は今日、先輩からの電話で、そのことを知った。電車の中で。
先生は死をしっかりと予測していて、詳しい遺言を残していかれたそうだ。
誰にも知らせるな、葬式もするな、墓もつくるな・・・と。
今にも、あの自信たっぷりの朗らかな笑い声が聞こえてくる気がする。
私は先生の最後の弟子だったと思う。
先生はいつも忙しくて、「後進の指導」なんてことは眼中になかった・・・ように思う。
私はどんなに怠けていても、先生にうるさく論文の不出来を指摘されたり、書き直しを迫られたりした覚えはない。
放牧状態にすっかり味をしめた私が、どんなに好き勝手にしていても、会いに行けば、先生は変わらない態度で朗らかに「ぼくの学生」と呼んでくださった。
それだけ、ご自分の研究に夢中だったのだ。
そして、その姿勢そのものこそ私が先生から学んだ最大のものであり、敬愛するいちばんの理由だった。
先生は私に何かを教えこもうとしたことは一度もなかった。
私と先生ははごくたまに顔をあわせ、その時どきに考えていることを言いあった。
私が質問し、先生が答える、のだが、それは単なる形式上のことだ。
私たちは、かみ合わない質疑応答を繰り返し、満足した。少なくとも、私は。
先生は私の問いそのものには答えなかったが、私の知らないことをそれこそ滔々と流れる大河のごとく語った。
先生は、私の話を「ほっほう、ほっほう」と笑いながら聞いてくれた。
そんな人は二人といない。
この夏、ポーランドで私は数え切れないほどの墓に参ったが、
先生に会うには、どこへ行けばいいのだろう。
花を手向けようにも墓はなく、線香やろうそくをあげる祭壇もない。
いや、膨大な著書さえあれば、墓などとるに足らないことかもしれない。
先生はその中に生きているも同然なのだから。