chapter 12 一卵性エピローグ
倫世の憎々しい態度が、会長の反感をかっていた広間に携帯電話のバイブレーターが唸った。それぞれが、自分のではないかと、手を胸ポケット等に手を伸ばした。が、結局は、執事と渉のスマホだった。ふたりは、同時に同じ情報を聞いていた。
「入院中の、堂島 要様が、今しがた、お亡くなりになりました。突然のことで、連絡できずに申し訳ございません。ご愁傷様です。」
執事は、慌てず騒がず、貴一に部屋の外へ出るよう合図した。渉はガックリと肩を落として、何も話しをしなかった。
貴一の耳にも、その件が語られ、付いて行ったサードはその事実を知る。
「これで、道ずれが出来た!」
と、喜ぶサードを見て、貴一は、心中穏やかではない閃光が走った。サードからすぐに杏子の耳にも流れた。皆が、倫世にその事を言えない状況にあった。渉を要だと信じたまま刑務所暮らしをするか、ここで、要の死を知らせ、引導を渡すか?少なくとも、要の死に目に会わせてあげられるとは思うが、全ての希望を奪い取ることにもなる。全員、申し合わせたように、口を閉じた。優しさ?否、そんなものでは無い。長い人生の大きな転機を利害の一致しない人間たちの作為で、組み立てられたのだ。その理由は様々だが、これが一番良い結果だと皆、思った。特に、執事は。
斎場の煙のたなびきを想像する人間からすると、この場所は信じられないくらい、モダン。大理石の柱と床は豪華だがコンクリートの感触は、そこはかとなく冷える。心も身体も。待合室で、番号札を取って来て、順番待ちをする間、話をする言葉が無い。死という具象的事例を前にして発する声すら、限定的になる。故人を忍ぶといっても、一度っきりの出会いで、首を絞められ殺されかけた杏子は、虚空な心情である筈だった。しかし、伏兵が潜んでいた。サードだ。島からずっと体の一部のように、慣れ親しんだ彼を見送らなければならないのだ。堂島 要の葬式は、執事が喪主となり、一日火葬場で埋葬する質素な形式のものだった。その棺桶にサードのビンが杏子によって、入れられたことは言うまでもない。サードとの別れが、溢れる涙となっている杏子を見て、理解していたのは貴一ひとりだった。意図的に、呼ばなかったので、堂島からの参列は無い。遺骨は、道元の墓に埋葬されることになった。会長は、渉以外にも孫が居て、その孫が亡くなってしまったことを聞き、しぶしぶ納得した。公にはしないが、それだけは、黙認した。初めての挨拶が、死に顔ではあったが、血の通った渉とそっくりであることで、納得をせざるを得なかったともいえる。
「一卵性双生児かー。」
と、会長が溜息を洩らすと、サードは悲しそうに眺め、
「一卵性三つ子!」
と、訂正して完全に自分の本来の場所に消えて行った。聞こえる筈も、訂正出来る筈もないのに。
波多島にいつもとちょっと違う予感のする夏が訪れた。島の人口が倍増する時期を迎えていた。役場のブレーンが絞り出したアイデアが功を奏し、プロジェクトの成果が実り、観光誘致が見事成功して、活気ある島になっていた。
「美奈ちゃん、由奈ちゃん!待合室で追っかけっこしたら、痛い痛いで来ているバァバたちがでーじ困るよ!」
「海ちゃん!なんくるないさ。こん子たちの子守が楽しみで来とるんよ。」
「ドクターが手術しているので、お言葉に甘えます。」
そそくさと、機材を運び込む海の姿があった。ここでは、杏子の名前は、完全に消えてしまって、海の復活である。看護師の免許を取って、1年は研修先で務めていたが、約束した島に戻ってきてしまった。診療所は、学校の移築だったので、教室が、物置となって、余っていた。双子の母の律子はその一室を改築して、コンビニ風のお店を開いた。店が今までに無かった訳ではない。高齢化の波で、経営者が亡くなってしまったので、どうするか考えている時に、律子が手を挙げた。渡りに船で、診療所の横に場所を移して、開店した。ここは、台風が三日も居座ると、島に物資は無くなるし、観光客のキャンセルが続き、踏んだり蹴ったり状態になる。そんな島の物流を律子は一手販売をしていた。しかしながら、忙しくなることは、ほとんど無い。なぜなら、物流に関しては、本島の店に、各家庭が個々に連絡を入れ、運んで来る船に頼んで、直接手に入れた。店に品数が少ないことも起因している。島の客の買い物の分と、買い物難民の人間が、時折、寄って行って、お茶しながら購入するだけなので、儲かってはいない。しかし、子育てに費やする時間は大幅にある。自給自足の食料はお互い物々交換で、そんなに不自由はない。店を開けている時間も、只今配達中の看板があれば、自販機のジュース類のみになる。双子の世話に追われる母の律子に、幸せな瞬間が三度も訪れた。
まず、一つ目。海ちゃんが看護師資格を持って島に帰って来た。名前は杏子と変わっていたが、確かに由奈、美奈を取り上げてくれた女の子が、すっかり看護師顔で、顎鬚ドクターの診療所に就職している。但し、島民には『海ちゃん』と呼ばれ、その名は、本人もお気に入りだ。
二つ目は、由奈、美奈のお父さんが、島に来てくれた事だ。頼んでいた大家さんには会っていなかったのだが、その男は、偶然が重なり、自分の子供が生まれたことを、先に知った。というのは、この島に杏子を連れ戻しに来た執事だったのだ。その時、杏子が、双子を取り上げた事を耳にし、病院までやってきて、律子を見つけていた。双子の母として。しかし、道元家での、複雑な事情を抱えていた執事は、名乗る事が出来なかった。
三つ目は執事の出口 基が父となると、顎鬚ドクターは双子のジィジということになる。基から聞いて、知ってはいたが、基の覚悟が見えていなかったので、名乗りはせずに何かと面倒を見ていたが、晴れて本物の『ジィジ』と呼ばれる日がやってきていた。
律子親子に、新しい家族が出来た。
基は、心身共に疲れ果てていた。下手すると、昔のように薬に手を出しかねない状況ではあったが、只管、双子の顔を思い浮かべて、思い留まっていた。未来へ前進するために。基の抱いている秘密は重い。渉にかけた催眠を、そのままにしている。ほぼ、犯罪だと思っている。獄中の母、倫世の希望で、琴音と鈴は、道元の屋敷に入り、渉と一緒に暮らしている。渉自身の記憶は隠れ、要の記憶に塗り替えられているのだから、当然の成り行きだと言える。しかし、そのため、杏子の立場が足元から崩れている。それも、執事の計算では、帳尻が合っていた。貴一と杏子が共に歩む幸せを得ると思っていた。しかし、杏子は、島での生活を望んだ。この時点で、執事はサードの存在を知らず、計算に狂いが生じていることに気が付かないでいた。恐らく、杏子は、サードに恋をしていたようだ。存在すら無くなった者を対象に、奇妙な関係を築いていた。その存在を消す傷心旅行の一端であったのかもしれない。そのことを理解した上で、貴一は、島へ送り出した。いつか、自分の元へ戻って来ると信じて。只、渉という爆弾は抱えたまま、時は進んでいる。ケセラセラ。
完

