なんか、いつか聞いた言葉

何気ない日常が、かけがえのない幸福である。


地震から10日が経った


以前は『最近どうょ!?』って何気なく手紙をしてた友達と今はツイッターで現状を知る。


『おばちゃん、お米無くなるから送って』って何気なくしてた電話も憚られる。

『連休は泊まりに行く』って何気なく出来てた約束も簡単に出来ない。


年に1回会えてた人に、もう一生会えない。


今までの日常がいかに幸福であったか、今までの幸福にいかに甘えていたか、思い知らされた。


だから変わりたいって思った。


テレビもだんだん日常に戻り始めてる。


でもアタシは、今だけなんてことで手を差し伸べない。

これから先、何十年もずっとずっと手を差し伸べ続ける。手を合わせ続ける。


シワくちゃの手になるまで。
友達のツイッターに

『もうすぐ誕生日だけど、現実を見てどんな顔して誕生日を迎えたらイイかわからん』

とあった。あたしはどうフォローして良いかわからず考えてた。

そこに

『通りすがりの者です。誕生日には笑え、喜べ、そして1つ年を増した命に感謝を。アナタが生きぬくことが世界が回ることかもしれない』

とフォローされていた。

確かにそうかもしれない。


みんながみんな暗い顔で下を向いて立ち止まってても何も始まらない。


働けるなら働き、考えれるなら考え、今できることをする。


誰かのブログの被災者の方からのコメでもあった。

私が被災者だからといって、誰かの幸せを妬むほど弱くない。誰かの不幸に支えられるほど弱くない。 私達は強く生きています。だからどうか笑える人は笑い、喜べる人は喜んでください。その光が私達が生きる希望の光になります。


涙が出た。その涙を笑顔に変えて、アタシは生き抜こう。そう誓います。


地震や津波で亡くなった方々に手を合わせ、行方のわからない方々の無事を祈っています。


現実から目をそらさず、間違った情報に惑わされず、あたしはあたしの出来ることが何かを考えています。
差し出された手を握り返したい

震える体をさすってあげたい

流れる涙を拭いてあげたい

倒れそうな体を支えてあげたい

壊れそうな心を抱きしめてあげたい

でも、あたしは遠くで祈ることしかできない

でも、遠くのアタシの手でも出来ることがある

前を向き、周りを見て、自分の出来ることをする

頑張ってる人に頑張れなんておこがましくて言えません

かつてアタシは被災したとき、たくさんの人の手に助けられて支えられた

その恩を返したい


諦めないで下さい

日本中が世界中が手をつなぐから


小さな手をたくさんつないで大きな光を届けるから

だからどうか諦めないで下さい