架空フェスのレポート
2016年、夏。地球は温暖化により氷河は溶け、海水が上昇。私たちのふるさと日本の国土は約6割が海に沈み、それは日本だけにとどまらず、世界のいくつもの国が姿を消してしまった。それによって、さまざまな国々がいくつかに統合さるという自体に、世界はとまどいを隠しきれずにいた。
そんな中、私たちの旧日本と、中国、韓国、台湾、インドネシア、マレーシアが統合された、現在の東アジア共和国で、初めての音楽フェスティバルが開催された。国が統合されてまだ2年目。いまだ、言葉でのコミュニケーションがままならないままのフェスの開催に、かなりの反対意見もあったという。それもそのはず、10万人を収容できる巨大な野外スペースに、人種の異なった人々が一度に訪れるのだ。トラブルが起こらないわけがない。それでも、人々は何かに希望を持ちたかったのだ。このフェスは、人々に希望を与える可能性を持っていた。
そして、そのフェスが実現された2006年7月30日。旧中国大陸の荒野に、巨大なステージが建設された。アーティストは、統合前の各国から各3組が選ばれた。それぞれの国の特色が前面に押し出されたステージに、はじめはどうしていいかわからないといった様子だった観客たち。そんな違和感に満ちた空気を変えてくれたのが、ライブ中に突然降り出した豪雨だった。あいにく、会場に設けられたテントの数は多くない。しかし、私はそこで、このフェスいちばんの素敵な光景を目にすることとなった。人々が、数少ないテントを分け合おうと、協力して譲り合っているのだ。テントからはみ出してしまった人にはタオルをかけてあげ、そこには笑顔さえ生まれていたのだ。言葉も通じない人たち。けれど、この場にいる人たちは仲間なんだ。そういう意識が、人々を動かした。
約1時間ほど降り続いた雨が上がってからは、まるで虹がかかったかのように晴れ晴れとしたライブだった。慣れないリズム、聴き慣れないメロディ。それでも、その場にいた人は手を取り合い、純粋に楽しんでいた。音楽だけでなく、フェス全部を。その場にいた人すべての顔に浮かんでいた笑顔が、このフェスの成功を物語っていた。そしてそれは、この国の明るい未来も意味しているのだろう。
そんな中、私たちの旧日本と、中国、韓国、台湾、インドネシア、マレーシアが統合された、現在の東アジア共和国で、初めての音楽フェスティバルが開催された。国が統合されてまだ2年目。いまだ、言葉でのコミュニケーションがままならないままのフェスの開催に、かなりの反対意見もあったという。それもそのはず、10万人を収容できる巨大な野外スペースに、人種の異なった人々が一度に訪れるのだ。トラブルが起こらないわけがない。それでも、人々は何かに希望を持ちたかったのだ。このフェスは、人々に希望を与える可能性を持っていた。
そして、そのフェスが実現された2006年7月30日。旧中国大陸の荒野に、巨大なステージが建設された。アーティストは、統合前の各国から各3組が選ばれた。それぞれの国の特色が前面に押し出されたステージに、はじめはどうしていいかわからないといった様子だった観客たち。そんな違和感に満ちた空気を変えてくれたのが、ライブ中に突然降り出した豪雨だった。あいにく、会場に設けられたテントの数は多くない。しかし、私はそこで、このフェスいちばんの素敵な光景を目にすることとなった。人々が、数少ないテントを分け合おうと、協力して譲り合っているのだ。テントからはみ出してしまった人にはタオルをかけてあげ、そこには笑顔さえ生まれていたのだ。言葉も通じない人たち。けれど、この場にいる人たちは仲間なんだ。そういう意識が、人々を動かした。
約1時間ほど降り続いた雨が上がってからは、まるで虹がかかったかのように晴れ晴れとしたライブだった。慣れないリズム、聴き慣れないメロディ。それでも、その場にいた人は手を取り合い、純粋に楽しんでいた。音楽だけでなく、フェス全部を。その場にいた人すべての顔に浮かんでいた笑顔が、このフェスの成功を物語っていた。そしてそれは、この国の明るい未来も意味しているのだろう。
