Sadistic butterfly girl

Sadistic butterfly girl

小説だったり、私小説だったり、現実だったり。
妄想だったり、夢だったり、現実だったり。
現役風俗嬢のアラサー女子が綴る、だらだらとした言葉たち。

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「花束?」
「…そうだねえ」
「どうしたの?」
「お客さんにもらった」
「……。まあそうだと思ったけど!」

彼女は少しむくれてそう言った。
正直に言わないで「あげたいなと思って」とか言やあよかったかしら、とかちょっと思ったけど、そんなキャラじゃないかとすぐ頭の中から打ち消した。

「花束とかもらっても困るんだよねえ。実家でどうすりゃいいんだって話じゃん」
「部屋にかざればいいじゃん」
「まあそうだけどさあ」
癖でタバコに火をつけようとしたら手をはたかれた。彼女の部屋は禁煙だ。

彼女と出会ったのはミックスバーでのパーティーだった。よく行っていたゲイバーのママに誘われて行ったのだ。
酔いと高まったテンションのままに、その日の内に彼女を抱いた。
彼女は何を思ったか、その一日だけであたしに惚れた。
「付き合ったりしない?」
高まったテンションの恐ろしさを感じたが、あたしはあまりにも簡単に受け入れてしまった。

「…ねえ」
「ん?」
「この花ちょーだい」
「いやそれは有難いっちゃー有難いけども…」
「じゃあもらう」
「ん、どうぞ」

彼女、は。
静かに花束を地面に叩き付けた。
そして足でぐしゃりと踏み潰した。
じりじりと花を、踏み潰す。
彼女は花が大好きだった。フラワーアレンジメントの学校に通っていた。将来自分の花屋さんを持つのが夢なのだといつもニコニコと話していた。

彼女は、にっこりと笑って、あたしに抱きついた。

耳や首元を辿る舌。
「…くすぐったいよ」
笑ったけども。
すうっと背中に、寒気が走るのを感じた。
ああ、あたしはもう、何処にも行けない。
全ての扉が閉ざされたと、あの時は本気で思った。

テレビを見ていた。
ただテレビの中の人たちが何を話しているのか何に笑っているのかなんにも頭の中には入ってなかった。
ただぼんやりと、テレビを見ていた。

夢を追いかけては諦めて、恋をしては破れて、親友には嫌われて、家族とは憎しみあって、そんなこんなを繰り返し繰り返し、29歳になっていた。
精神病になったことや風俗嬢を仕事にしたことなんかは、別にあたしにとって大したことじゃなかった。
ただ、すがり付くものが何もなくなってしまったのが、怖かった。
夢?もういくつだと思ってんの。恋?そんなのにすがるのはもう嫌気がさしてんだ。親友?今あたしには友達すら一人もいない。家族?恨む対象にすがるなんて馬鹿げてる。

ねえあたしに何があるっていうの。

気付いたら睡眠薬の袋に手が伸びていた。
まだ病院でもらってからほとんど減っていない睡眠薬。
小さく震えていた。浅い呼吸で目からはほろほろ涙が流れていた。
二十日分以上の睡眠薬。
全てを水で流し込んだ。

ベッドに入り、胸の上で手を組んだ。
あたしは微笑んでいた。柔らかく、微笑んでいた。
ああ、やっと楽になれるやっと解放されるやっとこれで全てを終えられる。
あたしは、すぐに眠りについた。

気付いたら。
北大病院のICUにいた。
たくさんのお医者さんや看護師さんに囲まれてあたしは寝ていた。たくさんの管に繋がれて、酸素マスクをつけて。
一度は心肺停止したらしい。木曜日に自分のベッドに横になったのに、気付いたのは日曜日だった。
終えられるはずが、あたしはまた、続けることになってしまった。

あの日から、一年以上が、経った。
生きていくのが正解なのか間違いなのか、未だにあたしにはよく分からない。
あたしの上に乗ったまま、愛してるよと呟いたあの男は今、どこで何をしているのかはたまた生きているのか死んでいるのか、あたしはなんにも知らない。
よくあるチェーン店の飯屋でムードもへったくれもない中、結婚しようと、自信なさげに呟いたあの男は。
今のあたしにはただの、過去の記憶の一部。

中高と演劇部に所属し、卒業後は地元の小劇場系劇団に入団したあたしは、22歳になっても役者になる夢を捨てることが出来ずにいた。
劇団は精神科の閉鎖病棟に入院するのをきっかけにやめてしまい、それからは芝居とは離れてしまっていたけれど、それでもあたしは演じることを諦められずにいた。
「やりたいことがあるってだけですごいことじゃん」
何気なく笑いながらそう言ったあの男は、あたしの思いなんか軽んじて見ていたに違いないんだ。

「受かっちゃった」
「え?」
猫背の男は、烏龍茶のストローをつまみながらあたしの顔を見上げるように視線を向けた。
「受かっちゃった。オーディション。東京に行きたいんだ」
「…え?」
あたしはもう男の顔は見れなかった。
怒るような男じゃないと分かってたから、より息苦しかった。
穏やかな男に激昂されたことなんて、二年間一度もなかった。
「…まあ、グラビアスタートみたいな感じだけど、それでも…チャンスでは、ある、から、」
男は黙りこくった。元々ハッキリしない男ではあったのだ。ハッキリしないというか、大事なことは噛み締めてからじゃなきゃ話せない男だった。あたしは、呼吸が浅くなるのを感じていた。苦しい。
本当はどう言うかなんて分かってたんだ。今となっては、そう思うけど。

ねえ、「行くな」って、「行かないで欲しい」なんて言って、あたしのちっちゃなチャンスを諦めさせたのに、結局怖じ気づいてなんで、逃げ出したりしたんだろうね?

若かったんだろうな。
もうあたしも22で男も23だったけど、あの頃のあたしたちはどっちも幼すぎた。
あんたは結局、ままごとみたいな結婚をうすらぼんやり夢見てたんでしょう?
あたしだって幼かったもの。
今だったらあんたの「行くな」なんかに引き止められてせっかくのチャンスをおめおめ捨てるなんてバカげたこと、しやしないもの。

男はもうあたしのことなんか思い出したりもしない毎日を過ごしているのだろう。
あたしがそうだから。
代わる代わるあたしの上に乗る男に腰を振りながら、あの男のことを思い出したりなんかしないから。