「じゃあ、これで最後の荷物ですね」

奏多は、テーブルに置いた小さな箱をそっと整えながら言った。
先日のイベントで使った備品を返しに、わざわざ梨々花のサロンまで持ってきてくれたのだ。

「ありがとうな。……ちょっとだけ、お茶でも飲んでく?」

言ってから、少し照れくさくなった。
けど、奏多は当たり前のように笑ってうなずいた。

「うれしいです」


小さな湯のみを二つ置いて、カモミールティーをそっと注ぐ。
話さなきゃ、って思ってないのに、沈黙がぜんぜん気まずくない。
その感じが、ちょっと不思議やった。

「……梨々花さんって、ヒーリング始めたきっかけって、あります?」

カップを手にしたまま、奏多がふと口を開く。
そんなふうに自然に聞いてくれる人、あまりいなかった。

「うーん……いろいろ、かな。
うまく言えへんけど、“生きてる実感”がほしかってんと思う。
人に何かしてあげたいってより、
自分が、自分のこと信じたくて……そんなんやった」


ふと顔を上げると、奏多が静かにうなずいていた。
何も言わへんけど、“わかってるよ”って空気だけで伝わってくる。

否定される不安も、気を遣う必要もなかった。

「あのさ、私……
あの人の前やと、自分のこと否定せんでいいって、思えるんよ」


夜。サロンにひとり残って、梨々花はアンに話しかける。

「なんでやろな。
好きとかじゃないんやけど……
一緒におって、安心できるって、なんか不思議やわ」

アンの声が、やさしく答える。

「それ、りりかにとっての“癒し返し”なんかもしれん。
りりかがずっとしてきたこと、ちゃんと巡ってきてるんや」


“安心できるって、
こんなにも静かに、
誰かを好きになる準備になるんやな”

まだ名前のつかないこの気持ちが、
胸の奥で、そっとふくらみはじめていた。