成沢りな オフィシャルブログ powered by Ameba -2ページ目



もうひとつ印象に残る出来事。
私はバッグを誕生日にねだった。
二人で始めて遠出をした。
今思えばたったの一駅。
全く遠出じゃなかったけど、そんな気がしていた。
バッグを買ってもらって
釜めしを食べた。
『また来ようね。』
と言ったけど 結局一度きりだった。

おばあちゃんが家に通うようになって数ヶ月したある日。
父が家にいた。
機嫌が悪かった父は何かの拍子におばあちゃんを怒鳴りつけた。
『有難迷惑なんだよ!』

それ以来おばあちゃんはうちに来なくなった。
その後母と父が和解し母が帰ってきた。
それからは月に一度、私からおばあちゃんに会いに行った。
行くたびにたくさんお土産を持たせてくれた。
帰りは外にでて見えなくなるまで手を振ってくれていた。

中学生になっても
高校生になってもそれは変わらなかった。
遊びに行くといつも褒めてくれた。
うちの孫はいつも遊びに来てくれるんだと友達に自慢してるって言ってた。

年末のある日、母と姉と姉の子供とで
おばあちゃんの家でご飯を食べた。
おばあちゃんは何度も
『女だけはいいね。これからはたくさんこのメンバーでご飯食べよう。旅行にも行こう』と言った。

でもそれも一度きりだった。

家で飼っている犬が
散歩で歩かなくなった。どこに行こうにも嫌がるので
犬の歩きたがるほうに行くとおばあちゃんちに着いたことがある。

家族全員、おばあちゃんが大好きだった。

一昨年の夏ごろから帰るとき外に見送りに来てくれないことが増えた。
その時は特に気にもとめなかったけど、体調が悪かったんだと思う。


そして秋。
ちょうど今頃、遊びに行くと部屋は真っ暗で
出掛けてるのかとその日は帰る。
だけど次の日もいない。
ほとんど外出しないおばあちゃんが二日もいないのはおかしい。
鍵をあけたらおばあちゃんが小さくなって寝ていた。
立てないらしい。
買い物も行けないと言う。
それなのに心配をかけまいと 誰にも連絡せず一人で寝込んでいた。
涙が出た。
もっと早く来ていれば。

すぐに母に連絡、即入院。
悪性リンパ腫。
一週間持たないと医師は言う。
家族で病院に集まって泣いた。

風邪ひとつひかないおばあちゃんが…
信じられなかった。
でもおばあちゃんは簡単には死ななかった。
病気と闘った。
一ヶ月は話もできなかったけど
三ヶ月ほどでかなり元気になった。