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今日は過ぎゆく秋を残したいな、と思ってプチトレッキングの様子を書きたいな、と思います。

こんな枯葉の上を歩くと、いろんな思いが巡ります。
カサカサ、と歩くたびに枯葉と枯葉が掠れあって泣いてるのかと、とも感じ、干渉的にもなります。

秋になると、むしょうに悲哀さ、哀絶さを感じるのは私だけではないでしょう。
でも、いつの頃からでしょうか。
この枯葉たちは、永遠に変わらない大自然の位置(循環)を教えてくれていたんだと、感じるようになりました。

この枯葉たちの栄養分をエサにした、虫やバクテリアがたくさんいて、
それらの排泄物は肥料になります。
この落ち葉がお布団の代わりをして、寒い冬には根を保護しています。
まだ春浅い時期には、小さな花々が寒さに凍らないように保護もしています。
春になると芽を吹き、数々の葉が光合成を始めて、木はさらなる成長をして、秋になると散って、それで終わりではなかったということがわかった時、うら悲しいとか寂しいとかという自身の感情に酔っていた自分の愚かさにハッとしました。
こうして循環していく自然を目の前にしながら、何ひとつ無駄がなくて、すべてが自分の置かれた位置で任された仕事をして、それが自身のためでもあり全体のためでもあり、という循環の偉大なからくりから、人間はもっと多くを、自然からそのあるがままを学ぶ必要があると感じます。

秋が訪れ過ぎ去るたびに、この落ち葉🍂の存在にも満たない自身の姿を発見します。
それでも生きていること、いえ、生かされていることに感謝が湧いてくることも感じます。
たまには、吹く風や鳥のささやきや流れる雲に身を任せて治癒されている自分を発見するのはとても大切ですよね。
みなさま、風邪などひかないで元気に冬を迎えましょう。