私は雨女ではありません。
でも、今回の日本での3泊4日は殆どが雨でした。(韓国を早朝に出たのですが、既に雨に見舞われてました。)
禅クリの当日は本当に、雨、雨、雨でした。
ある程度天気が良ければ、お昼休憩にお庭を散策しようとも考えていたのですが、外に出る気もなくなるぐらい、雨が降りました。
ちょっと振り返ったら、普段は雨には見舞われないけど、人生の岐路になるような時は、そう言えば雨が多かったなぁ、と思い出しました。
最近では、13年間同居した義母が亡くなった時がそうでした。
糖尿病の合併症で片目を失明し、最後は透析を受けながら、そして認知症にもなっていた義母の介護は、今でも思い出したくもありません。
その義母の葬儀に関する一連の行事は全て雨でした。
その後、私は誰に気兼ねするのでもなく、韓国語を本格的に勉強することができました。
この時、とてもいい先生に教えていただけました。
その基礎の上に、韓国で詩人、エッセイストとして現役で活躍されている方の講義を聞いたことで、書く、という作業に対して再びスイッチが入りました。
書くことでしか自分の存在価値を認識できなかった少女が、人生に混迷して30年以上経って、再び書いたエッセイは、母国語ではなく韓国語でした。
そして、それらが6回の入選という結果になっていきました。
義母がもっと長生きしていたら、おそらく私は書く機会を逸していたかも知れません。
そして、今回の禅クリも、結局は書くという作業に対しての私の姿勢を確認するかのように、結果としては参加していました。
熱田神宮にお参りした次の日にセミナーに参加し、そして翌日は韓国行きの飛行機に早朝から搭乗しました。
その時、なんとなんと、すごい澄んだ青空でした。
なんか少し、えぇ…と落胆していました。
正直、かなりショックでした。
天気が良ければ、観光もセミナーも、もっと楽しかっただろうな、という思いが怒涛のように込み上げて来ます。
何をどうジタバタしても休みはその日までで、翌日は出勤でしたので、溜息混じりに搭乗し、席に着きました。
そしてふと、窓から外を眺めていると、
えぇッ、虹、虹、虹が、…❣❣❣
思わず横に座っていた方にもお知らせして、
離陸して見えなくなるまで、眺めていました。
飛行機は、その虹の上を飛んでいきました。
韓国の上空です。
3泊4日の強行で、疲れ果てていた私は、その時は深く内省する余裕もありませんでした。
しかし、時間が経つにつれ、あの春の雨と、韓国行きの当日、飛行機で虹の上を飛んだそのことが、鮮明に思い出されて来るのです。
今すぐには、わからないでしょう。
でも、これは私にとって人生の岐路だったことが、後々理解される日が来るのだろう、
そうして、いつか訪れる死の間際で、きっと禅クリにかかわったすべてを回想するのだろうと、
それほどに大切な人生の1ページを、私は残したのだと思います。

