○○年生きてきて あんなに不安で怖い日は なかった・・・
いつものように午後の勤務開始して
かなりの揺れに 焦った

とりあえず 患者さんとスタッフ、先生と外の駐車場に避難
立っていられないほどの揺れで スタッフと抱き合っていたことを思い出した。
まず、旦那さんには 悪いけど
子供たちの心配。
娘は 高校生なので
持参で
へ行っていたので連絡をするも 繋がらず・・・
息子は 小学生だったので 連絡するすべもなく・・・
ただ 学校に任せるだけだった
勤務中なので 帰ることもできず
繋がらず・・・時間だけが過ぎた
なら と
のを借りて
に連絡してみた留守電に変わったので 息子の名前を呼び続けてみた
息子の声が聞こえたとき 安心した
「何度も
したのに お母さんでないから・・・」と不安そうな息子「
が繋がらないんだよ~」と説明「お姉ちゃんが帰るまで 1人で大丈夫? 部屋の中は どう?」
そんな私に 息子は不安そうだったけど
「大丈夫! 玄関
開けてるから 」いちおう 避難通路確保していたようだ
にいる娘にも やっと
が繋がり 状況確認「校庭に避難中」とのこと
通学だったので 帰宅できた
通学の子たちは 友達の
に泊まったり 親が迎えに来たりで日付が変わるころには 全員
を出たとのことだった夜
まだまだ 揺れる中
子供たちは 怖がり 久しぶりに「川」の字で寝た
忘れてはいけない旦那さん
が繋がらず 連絡が取れないので心配していたら・・・なんと 居酒屋にいた
会社が
の26F かなり揺れたようです階段で避難したが 1度外に出て また 戻り また避難になって
疲れたから 居酒屋に自主避難したそうだ
どうせ
も動いてないだろうとそして
が動き出したのを確認して帰宅もちろん 日付変わってました
あの日の映像を見るたびに 涙が流れる・・・
今もなお不安な生活をされている方々がたくさんいる
家族・友人・・・思い出・・・大切なものを失った人がいる
そんな中、停電もなく 以前と変わらない生活をしている私
毎日 変わらない平凡な生活だけど・・・それが幸せなんだと思う
この幸せがずっと続きますように・・・
亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします
被災された方々が笑顔でいられる日がきますように
3.11を忘れない