今日は定期検査の日だった。
おかげさまで、乳がんに罹患してから10年、癌から卒業する日を迎えることが出来た。
主治医から、
「この癌とはお別れです。卒業おめでとう」
と言われたとき、あの告知された日のことが、ついこの間のことのように感じた。
「なんだか…あっという間でした」
ふいに出た言葉は本当の気持ちなのか、長かったのか短かったのか、自分でも感情がフワフワしていて分からなかった。
これでようやく終わったんだと、ずっと実感したかったはずなのに、なぜだろう…そんな気持ちになれない私がいた。
先生はプリンターから出た、血液検査の結果用紙を私に差し出して、
「ね、早かったね」
と、淡々と言った。
眼鏡の分厚いレンズから覗く小さな目は相変わらずだったけど、先生から時折出る砕けた口調と、白髪の増えた前髪が、10年の月日を感じさせた。
もう、定期検査には来なくていいこと、ただし、健康診断や胸の検診は受けるようにとの説明をされた私は、「ありがとうございました」とお礼を言い、診察室をあとにした。
主治医とのお別れはあっけなかったけれど、もうこの待合室で順番を待つことはないんだと思うと、着こんでいた重い上着を一枚脱いで軽くなったような、そんな気持ちがした。
会計を終えて外に出ると、日差しは春のようだった。
玄関を出て振り返ると、病院の大きなビルの窓ガラスに、太陽の光が反射してキラキラしている。
不安な気持ちでこの玄関をくぐり、そしてあの窓のどこかで闘病していた、10年前のあの日。
退院するときは本当にうれしくて、これで終わったと信じてこの玄関を出た、あの日。
そのあと、抗がん剤をすることになり、検査を繰り返し、何度、この道を通ったことだろう。
いろんな気持ちがこみ上げてくる。
ぺこりと一礼し、病院にお別れをして、私は来た道を歩き出した。
一歩ずつ、病院が遠くなるにつれ、心が軽くなっていくような気がした。
今日もあの窓の中では、一人一人が病と闘っている。
すれ違う人、それぞれが、病気を抱えてこの場所へやってくる。
昔の私みたいに。
いつか、病気が遠くなる日が来ることを願わずにはいられない。