31765.jpg あなたは自分を許していますか?
あんな自分。こんな自分。。。。
後悔したり責めてばかりいませんか?
  
自分自身に充分な許可を与えることで、たおやかな人生があなたのものになります。
何かを行なう許可を自分に与えた瞬間から、
それを行うことが自分にはできるということを信じられる。
自分自身に充分な許可を与えることで、自分の願う人生を自分が創造するパワーを手の内にすることが出来る。

そして真の自尊心を持ち、自分自身に愛を与えてみませんか?
自分自身を愛することはこの世の中に愛されるようになること。
自分を愛せば愛すほど、与える愛の量は増加する。

内側で手にしている愛の量が多ければ多いほど、愛の泉は活性化し、溢れだすし、より多くの愛を与えることができます。
 
あなた自身が自分というものを充分に愛していたならば、
その愛は自然に外部に流れだし、周囲にいるあらゆる人たちに伝搬する。

自分自身を充分に愛すこと。

これが愛を手にする序幕であろう。
ただ、ひたすら自分の価値を信じる。
そうするだけで、他の人たちに分け与えることのできる愛を、難なく手に入れることができる。
そして、自分を充分に愛すようになることで、今、抱えてる、あらゆる苦痛から解放されていく。

そう信じて、あのぶざまな過去の自分を、愚かで情けない今の自分を許し、愛してみませんか?

何かに挑戦している貴方・・・・。
がむしゃらに得ようとしてる今、邪心を落とし、そこに真心だけが残ったときに、あなたの挑戦は、もう達成されているのではないでしょうか?

31007.jpg 受け取ることが苦手な人がいる。。。
受け取っちゃうとそれ以上をかえさなきゃいけないように感じたり、実際には
どこまで頼ったらいいのかわからないし、何が頼ることになるのかわからない
そんな感じの人。
このような自立した人は、依存的なタイプの人を周囲に引き寄せます。

そして
☆自立側は頑張りすぎて燃え尽きる
☆依存側は役に立てずに無価値感を感じる
こんな風になる。。。

自立タイプの人は「甘える」「頼る」「お願いする」「弱さを見せる」ということが悪のように感じながら生きているので、常に頑張ることが当たり前で
、頑張っていることや、疲れていること自体に気づかなかったりもする。

自立タイプの人の心の中には、「私は誰の迷惑にもなりたくない」という感情がある。
潜む感情のなかに、過去に助けられなかった人や、すごく迷惑をかけられた体験があったりして、その痛みを感じないようにしたいという願望があることも。
過去の痛みがトラウマとなって、「頼る」ということに一歩踏み出せないのかもしれない。

実はこういう自立タイプの人が、いったん「頼る」ということを覚えると、見えている景色ががらっと変わる。
「与える」ばかりの人生から、「受け取る」人生に視点を変えると、今まで自分の周りにあった人の愛情や援助に気づくようになったりするし、
、「受け取る」ということは、「私には受け取るだけに値する価値があるんだ」ということを、自分自身に認めてあげる。自分を許すってことだと気づくから。

自立的しすぎた人の周囲の方々は「自分なんて何の役にも立たないよね」と無価値感を感じていたりすることもありで、たよってあげたら「自分の価値を見出した」と嬉しくなって意気揚々とすることも。

自立側が「受けとる」ということを始めるだけで、二人ともがよくなる。
自立側の人は楽になり、前以上に周囲からの愛情を感じ、依存側の人は自分が何かを与えたという喜びを持ち、どんどん強くなったりと。。。

「あなたの弱さはパートナーの強さ」
「あなたの強さはパートナーの弱さ」

頑張りすぎてる貴方。。。。
「ありがとう」と言って、誰かの価値を受け取ってあげましょう。
「ありがとう」って笑顔で頼ってあげましょう。

がむしゃらに生きてる貴方・・・
環境は全くかわらずでも、みえてる景色がガラッっと変わったししますよ。
少し頼ってあげてくださいね。
今日は社会的なステータスを持っている「リアル友」を例題に少しお話を書いていこうかと。。。

彼女は
「自分が特別な人間であるために、たゆまぬ努力をしている」という。
自分がいままでつくってきたイメージを壊さないように絶えず振舞っている。。。
「やさしくて、理解力があって、面倒見がよく、ジョークも話せ、魅力的で、出来るだけ完璧な女性。」
これが彼女のつくってきた自分の虚像。
だから、本当は断りたい内容であっても「いいですよ♪」と笑顔で対応し、精一杯のいい人を演じる。いい人の振りをする。
断っちゃうと、愛想の悪い、腰の重い、ぐうたらで排他的な、理想とはかけ離れた嫌な自分を見透かされるという不安にさいなまれるからである。

彼女は、虚像を見せ続けていることで限りない罪悪感を感じてたりもする。
現実には「いいこと」をしながら、無理をしながら、いい人であるのに、罪の意識を感じることになる。
いつか、こんな私がバレはしないかと「ビクビク」する。
本当の私を知ったら嫌われないかと不安を感じ、居心地が悪くなり、人と向き合うことをしなくなる。
楽な孤独に逃げ込みたくなる。

そして自分から孤独に逃げ込もうとしながらも、孤独を恐れ笑顔を振りまき、
「人にに囲まれていながらも本当は独りぼっち」と自分を嘆く。
嘆きながら駄目な自分を覗き込み、自己嫌悪感をかき消すように「もっといい人」を演じ続けていくようになる。

最終、自己で造ったイメージ(虚像)にこだわり過ぎるがゆえ、自分を傷つける人に対してでも、いい顔をし続け、あげくの果て、自分の存在価値の切り売りをし自己を無くし疲れ果てる。。。

今をときめく特別に光り輝く様な人さえ、こんなちっぽけな心を持っていたりします。

虚像。。いつかはがれるメッキ。いわゆる
「おおきな偽物(虚像)」を守ることにエネルギーを使うなら
未熟でもいい。現在マイナスでもいい。
「小さな本物」を育てることにエネルギーを使えるほうがいい。
「小さな本物をゆっくりと育て上げ、大きな本物になればいい。」
「小さな本物の種」は誰のこころの中にも存在する。