ウツ
普通の人は、道を歩くときに「足が滑って車道に出て車に足を引かれて生きたまま痛みに苦しむ」という妄想をしながら歩いたりしないのでしょうか普通の人は、死にたいという気持ちに耐えながら生きているわけではないのでしょうか普通の人は、褒められたらうれしいと感じるのでしょうか普通の人は、毎日自分を責めて生きているわけではないのでしょうかわたしは小さいころから、死にたいと思いながら生きることが普通だと思っていました常に轢かれたり殺されたり嫌われたり悪口を言われたり怒られたりするかもしれないと思いながら生きることが普通だと思っていましたでもそれは普通じゃないって、社会人になってから気が付きましたアダルトチルドレンにとって、社会人という節目はとてもつらいものだと思います親から心に傷つく場所ももうないってくらい傷つけられて、普通じゃなくなってしまったにもかかわらず、社会人であるというだけで普通を装わなければならない普通であることが当たり前で、口が裂けても「親のせいで普通じゃないんです」なんて言えない親が原因だとこの世界で言えば、「親不孝者」と言われるだけ社会人であるということで、自分のこの歪んだ精神も、すべて自己責任親に20年間傷つけられた事実なんて、誰からも理解されないつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいつらいでも、頑張らなきゃ味方なんてどこにもいない「親から傷つけられた私」は存在しない正常でいなきゃ彼氏がつらい気持ちを理解してくれない「つらいなら病院行けば?」って突き放されるウツのブログとか見てると、友人や家族や彼氏が異変に気付いて「病院に行ったほうがいいんじゃない?」って促して病院に行ってウツって言われるのが王道でわたしは誰からも心配されずだれからも異変に気付いてもらえず、ただ一人つらいままでまたそれがさらにわたしを追い詰めて毎日毎日つらくて発狂しそうな日もあったウツが酷くて指先すら動かないときもあった出勤時のバスの中で「今日休んでもいいですか」って電話しそうな日もあったパニック発作がつらすぎていてもたってもいられなくてトイレに何十分もこもってるときもあった感情がなくなって、怒りも悲しみも何も感じなくなったこともあったパニック発作を抑えるためや、眠気を飛ばすために、何度も何度も腕をカッターで切ったシャワーを浴びるという行為のハードルが、東大に入るくらい高く感じたとにかく死にたくて、スマホをいじる気力もなくてこの時点で限界だって気づいてはいたでも、病院に行って「甘えです」「病気じゃないです」「自己責任です」って言われるんだって強く思い込んで、怖くて行けなかったそれに、母に隠れて病院に行くのも難しかったそれでも、一度仕事帰りに病院に行ったでも、「やっぱり甘えなんじゃないか」「甘えてるだけの人間が薬なんて飲んでいいのか」って、頭の中でぐるぐるして薬を飲めなくなって、病院にも行けなくなったでも社会人だから頑張らなきゃ社会人社会人社会人この言葉が呪縛になって、わたしはウツになってしまいました