第十二章 鬼王突いて、太子はその真の姿を求む
続
花城は供物卓の側に座り、頬杖を突きながら太子殿下の寝顔を見つめていた。気持ちよさそうに寝息をたてている殿下に、花城は愛おしそうに目を細める。
初めて菩薺観で迎えた夜には、こんなにも早く殿下と親しくなれるとも、まさか「血雨探花」として受け入れてもらえるとも思っていなかった。
一晩中、こうして殿下を見つめていよう。そして朝が来たら、「おはよう、兄さん」って笑顔で言おう。そう考えるだけで、花城は幸せに満たされていた。
朝ごはんを一緒に作ろう。その後は、菩薺村を散歩しよう。それとも、一緒に町まで行ってガラクタ集めをしようか……
花城がまた新しく始まる殿下との一日に思いを馳せていたその時、
「……助けてくれ」
黒水の切迫した声が、耳元で響いた。
それまで幸せに満ちていた花城の顔が、一瞬にして冷淡な表情へと変わる。
「何の用だ」
淡々とした口調に怒りが滲んでいるのを感じたのか、黒水が一瞬怯んだ。
「すまない……地師に逃げられた」
「生かしておくなと言ったはずだ」
「わかっている……捕まえたが、火龍嘯天の術を使われた。すぐに神官たちがここに来る。このままでは逃げ切れそうにない。鬼市でしばらくかくまってくれないか」
黒水の言葉に、花城の眉間に僅かにしわが寄った。
太子殿下のためにも、できれば厄介事には関わりたくない。しかしもし黒水が神官たちに捕まってしまったら、花城にも全く影響がないとは言えなかった。
「すぐに極楽坊へ来い」
「すまない。助かる」
黒水の声が聞こえなくなると、花城は小さく舌打ちをしてからゆっくりと立ち上がった。
通霊で下弦月使に黒水が来ることを伝え、殿下へと目を落とす。
事によっては、しばらく殿下の元には戻れないだろう。
花城は少し考えてから、胸元から銀の鎖に繋がれた指輪を取り出した。ずっと殿下と出会えたら渡そうと思っていた指輪だ。
花城は指輪を握りしめながら、眠る殿下にゆっくり近づいた。
片膝をつき、殿下の肌に触れないよう気を付けながら、その首元にそっと銀の鎖をかける。殿下の胸元で光る指輪に、花城は嬉しそうに目を細めた。
花城が側で見つめていても気づくことなく無防備に眠る殿下に、少しためらいながらもゆっくりと手を伸ばす。
ゴザに広がる殿下の髪にそっと触れ、一房掬い上げると、花城はその髪先にそっと口づけた。
(兄さん、必ずまた戻ってくるよ)
花城は静かに立ち上がり木の扉へ近づくと、振り返ることなく菩薺観を後にした。
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妄想小説にお付き合いいただき、ありがとうございました♪
書きながら色々整理できたり、深堀できたりと楽しかったです✨
コメントでのやりとりも本当に嬉しかったです🥰
アニメ1期の終わりまで書けて個人的には、とても大満足してます🤭
また書きたい欲求がたまったら書くかもしれませんが、いったんここでお休みさせていただきます。
読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました!