本当の自分を探すときに

何に怒りが湧くか、  何に安心するか、どんなときに言葉が出なくなるか、 どんな瞬間に涙が出るかなど、疲れたときに自然と出る反応をみたり

 

 誰かの期待、“こうあるべき”という概念、家族の役割、無意識の我慢などを外して自分の体の「何を手放すと呼吸が深くなるか」を見るように促されます。

 

そして、子どもの頃の感覚は、社会的なフィルターが薄いということで
何に夢中になったか、何に傷ついたか、何を美しいと感じたかなどを考えて行動しようって言われます。

 

でも、いつまでたっても「本当の自分」が分からないんです。

 

それは、脳が自分の周りの人を見て、その体験で無意識の反射をしているからです。

 

自分が経験した成功体験ではなく、親や周りの人たちが行っている体験を見て、きいて、こうすればいいんだと無意識の中に刷り込んでるということです。

 

これは動物が生きるために無意識に使う生存本能だそうです。

 

つまり、私はそうしたくなくても体や表情は、

自分の親や、そばにいた大人たちのコピーを外に発散させているから、

私の意志と、外側が受ける印象が違う、

人によっては、全然予想をはるかに超えて「違う」ということになります。

 

意識してつくった「私」は、思いどおりの自分を外側に作ることができます。

だから、鏡を見ていると、思った通りの表情を浮かべることができます。

 

でも、鏡を見ていない時は、どんな表情で自分が対応しているのか、わからないです。

物凄く不機嫌に返してるかもしれないし、へらへら笑っているかもしれません。


私は人から真剣に怒られるとき、「笑ってる」と指摘されたことがあります。

もちろん私は、怒られるとわかっていて、笑いたいわけではありません。

 

調べてみると、緊張感があまりに強いと、それを緩めるために無意識に笑うことがあるみたいなんです。

だから、私にとっては、通常を超える恐怖なのですが、表情は笑っているので、

誰にも、私が恐怖で凍り付いてるとは伝わりません。

 

そんな風に、そうしたくなくても、無意識は人生を作り上げていくわけです。

 

だから、自分では、こうなるはずではない物が、現実として表れてきて

違和感山盛りで、自分の人生を探しに出かけちゃうわけです。

 

でも、砂漠を横断しても、広大な山に登っても、美しい石畳の荘厳な建物を見ても

帰ってくると、結局同じことを繰り返すので、人生は変わらないというわけです。

 

楽しかったな~自分もあこがれていたことができたな~という満足感と、充実感、自分で自分の夢をかなえることができるという自信が、あの人は戻ってきてから変わった・・・という話になることはあります。

 

それは、楽しい旅の記憶で機嫌がいい・・・

人生で初めてしたことは脳の回路がそこで作られるから、無意識の反射がないから、

意識と表情、行動に隔たりがないとういうことです。

 

旅の話をしているときは自分で

それ以外の日常生活は、今までと同じ…ということになりがちです。

 

そういうわけで、自分の環境、

お父さんやお母さんが苦手で反発していて、自分の人生を生きるんだって言ってる方が、自分の人生を進むように見えるのは、そのせいです。

 

意識して、親や環境から受け継いだ、無意識の反射を止めているから、

自分自身の人生を歩んでるという気持ちになります。

 

親や、育ってきた環境を肯定している人は、反射で生きているので

自分ではなく、育つときにみてきた人間の模倣をして生きるといことをしています。

 

「いい子」と思ってる人が内的に葛藤を抱くのは、こういうわけです。

 

脳の反射と、自己の意志について考えながら行動すると

「ああ、そうか」と思うところがあるはずです。

 

本当の自分について悩んでる方は、ぜひ、この無意識に取得してきた人生への反応と、自分の考え方について観察してみてください。

 

私はBさんが好きなのに、親はAさんがいいというと思うから、結婚はAさんと考えようかな・・・っていうやつですよ。

 

人生最大の分岐点で、自分ではなく親や環境を優先しようか迷うじゃないですか。

 

それを人生のいたるところで、知らずしらずにやってるらしいというお話で

そんなことしていたら、自分の人生じゃなくて誰かに認めてもらうために頑張ってる気がするわけですよ。

 

それを変えようって言っても、小さなころから訓練を積み、成功体験を繰り返してきて、体と脳に覚えこませると、親に逆らうとか、周りが認めないんじゃないかで

心臓がバクバクします。

 

最初の話に戻りますが、体の対応で自分を見るなら

「心臓がバクバクする、これは自然な反応ではないから、みんなの納得する道を私も望んでるんだ…」という結論になちゃうわけです。

 

でも、周りに歓迎される結婚と、歓迎されない結婚では

心の負担はかなり違うので、自分の意見を通せば幸せになるよとも言い切れないし

幸せにならないよとも言い切れない。

 

人生って難しいですよね。

 

「本当の自分探し」と幸せになることはイコールなのかな~???と考え始めちゃいますよね。でも、とても大切なことなんです。