彼女の話をことこまかに書いてしまうわけにはいかないので、書きませんが少しだけ僕の話を書いてみます。
幼少期僕はかなりのおじいちゃん子でした。
両親とも仲は良いですが、おじいちゃんと父親は同居していましたが仲は良いと言えませんでした。
ここでゆうおじいちゃんは僕の父親の父親になります。
僕には妹がいますが、家族で旅行、食事に行った記憶がありません。
でも、父親を以外となら旅行には何度行きました。
僕が小学校に高学年になった頃にはおじいちゃんと僕の二人で旅行に出かけいました。
本当に孫思いなおじいちゃんで両親共働きだった時は妹の世話は帰ってくるまでおじいちゃんが見ていました。
このくらいの時までは妹もおじいちゃんが大好きだったんじゃないかとおもいます。
おじいちゃんは飲酒が祟り、僕が生まれた時よりもずっと前から糖尿を患っていました。
父母の目を盗み、よくワンカップ大関をお使いしてた気がします。
今思えば悪いことしてたんだなと思います。
僕が中学生から高校生になるころ、家庭環境が僕にとってとても辛いものになりました。
2年くらいかな。
おじいちゃんの糖尿が進行し、トイレが上手く出来なくなりました。
父親は僕たち家族に手をかけたくないと、一人でおじいちゃんの世話をしていました。
文字にしてしまうと美化されて見えますが、その世話の仕方に問題がありました。
一言で表すと犬のような扱いで、毎日罵声と飴をばら撒く音が聞こえていました。
それから、おじいちゃんは痴呆が入りしばらくは自宅介護、犬のような扱いに拍車がかかりました。
都合のいい頭をしているのか細かくは覚えてません。
でも一つだけ、一生取り返しのつかないことをしたことだけは覚えています。
症状の悪化が進み数ヶ月、おじいちゃんは入院していました。
今夜が山場だと告げられた僕たち家族は揃って、おじいちゃんの入院している病院へ向かいました。
最後を看取ることはできたのですが、最後の発作?を起こした時に僕は父親から
「おじいちゃんの手最後握ったれ」といわれ
頑なに家族に近づけさえしなかったおじいちゃんの手を握れとゆう父親があまりに理不尽に思い
「何を最後の最後にゆうんじゃ!」と突き放してしまいました。
生きてるうちに手を握ってあげれず、火葬場でお骨になるまで指一本触れませんでした。
跡形もなく消えて無くなった時にどうしようもない後悔を感じました。
今も時々ふと思い出すことがあります。
僕にとっては一番ショッキングな出来事でこの時くらいからか些細なことでも、大きなことでも真に受けないような都合の良い性格になりました。
幼少期僕はかなりのおじいちゃん子でした。
両親とも仲は良いですが、おじいちゃんと父親は同居していましたが仲は良いと言えませんでした。
ここでゆうおじいちゃんは僕の父親の父親になります。
僕には妹がいますが、家族で旅行、食事に行った記憶がありません。
でも、父親を以外となら旅行には何度行きました。
僕が小学校に高学年になった頃にはおじいちゃんと僕の二人で旅行に出かけいました。
本当に孫思いなおじいちゃんで両親共働きだった時は妹の世話は帰ってくるまでおじいちゃんが見ていました。
このくらいの時までは妹もおじいちゃんが大好きだったんじゃないかとおもいます。
おじいちゃんは飲酒が祟り、僕が生まれた時よりもずっと前から糖尿を患っていました。
父母の目を盗み、よくワンカップ大関をお使いしてた気がします。
今思えば悪いことしてたんだなと思います。
僕が中学生から高校生になるころ、家庭環境が僕にとってとても辛いものになりました。
2年くらいかな。
おじいちゃんの糖尿が進行し、トイレが上手く出来なくなりました。
父親は僕たち家族に手をかけたくないと、一人でおじいちゃんの世話をしていました。
文字にしてしまうと美化されて見えますが、その世話の仕方に問題がありました。
一言で表すと犬のような扱いで、毎日罵声と飴をばら撒く音が聞こえていました。
それから、おじいちゃんは痴呆が入りしばらくは自宅介護、犬のような扱いに拍車がかかりました。
都合のいい頭をしているのか細かくは覚えてません。
でも一つだけ、一生取り返しのつかないことをしたことだけは覚えています。
症状の悪化が進み数ヶ月、おじいちゃんは入院していました。
今夜が山場だと告げられた僕たち家族は揃って、おじいちゃんの入院している病院へ向かいました。
最後を看取ることはできたのですが、最後の発作?を起こした時に僕は父親から
「おじいちゃんの手最後握ったれ」といわれ
頑なに家族に近づけさえしなかったおじいちゃんの手を握れとゆう父親があまりに理不尽に思い
「何を最後の最後にゆうんじゃ!」と突き放してしまいました。
生きてるうちに手を握ってあげれず、火葬場でお骨になるまで指一本触れませんでした。
跡形もなく消えて無くなった時にどうしようもない後悔を感じました。
今も時々ふと思い出すことがあります。
僕にとっては一番ショッキングな出来事でこの時くらいからか些細なことでも、大きなことでも真に受けないような都合の良い性格になりました。