少し長い話ですが、お付き合いください。
人は、人生の中で何人の師に出会うのだろうか?
戦前戦後で、学業の年数は変わっていて、
教育に関する出来事は、とても興味深いが、
私の浅学で、語ることはできないし、
書きたいのは別の事だ。
で、
小学校・中学校の義務教育。
高校・大学、もしくは専門学校(私はこれ)
更には大学院。
幼少期には保育園や、幼稚園。
私達は、成長と共に、多くの先生に出会っている。
学校教育だけでなく、
趣味の習い事でも、物事を教えてくれる方々も、師であり、
私にはたくさんの師がいる。
その方々は、皆さん素晴らしくて、
お1人おひとり、紹介したいくらいだが、
今回は、父とその恩師について。
父は昭和16年産まれ。
今年、81歳になった。
昨年、長年続いていた「履き物屋」を閉業し、今はのんびりした生活をしている。
引越しもして、毎日、少しづつ
荷物を片付けている中で、
過去を振り返る事が
多くなったかもしれない。
私は、両親の子供時代や、
学生時代の話を聞くのが好きだ。
ほんの一世代前だが、
今とは全く異なる世界だったり、
すごく共感できる事もあったり。
親が歩んできた世界の一部を知るのは、
とても楽しい。
その父の話の中に、
必ず出てくる先生がいる。
穴切小学校3年生、4年生の時の担任。
優しく、情熱ある、熱心な先生であったと。
放課後には、謄写版(いわゆるガリ版印刷)のお手伝いをした事も、父には楽しい思い出であるという。
30年位前には、偶然にもバッタリ会う事があったそうだが、今は、年賀状のやり取りだけだと話す。
❓
まだ、ご存命ですか⁉️(⟵失礼💦)
年賀状を見せてもらうと、
『101歳になりました。耳が遠くなりました。』
と、書いてある。
「もう一度、先生に会いたいなぁー」
と、繰り返す父。
ならば、会いにいきましょうよ!
連絡して、会いにいきましょうよ!
と、父を促すも、動く気配はなく、
春が来て、夏が過ぎ、秋になってしまった。
人生は有限。
めっきり老けた父だけど、
相手は更にご高齢。
無礼を承知で、先生に手紙を書いた。
『父が、師事された事。引越しして、元気で暮らしている事。先生のお話しをよくしている事。会いたいと願っている事。』
私の連絡先を書いて、祈る気持ちで、ポスト📮に入れた。
投函から1週間が過ぎた頃
先生の娘さんから電話📱が来た❣️
『母も会いたいと、言っています。』
娘さんと予定を合わせ、
9月19日。敬老の日に、
会う事ができた。
30年ぶりの再会。
じっくり話すのは、何年ぶり?
先生も、父も涙😢
私も、娘さんも、ポロリと泣いてしまいました。
楽しかった事
嬉しかった事
難しかった事
情熱を注いだ教育。
志半ばで、退いた教職の場。
その後の人生。
101歳の言葉は、どれも感慨深いものだった。
思い出話は、尽きること無く
1時間半の時間を過ごし、
「また、会いましょう」
と、約束して別れた。
次はいつ会えるかな?
この日撮った写真を送り、
また次の機会を楽しみにしている。



