四葩の庭 ※燻しと、お香と、シュガーについて

四葩の庭 ※燻しと、お香と、シュガーについて

日常のたわいも無い事、感じた事。
大好きな、燻と香りと、シュガーについて。

これから、自分がしたい事。
私にもできる事。
私だからできる事。

仕事以外の事を、(できれば前向きに!) 綴ります。

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少し長い話ですが、お付き合いください。



人は、人生の中で何人の師に出会うのだろうか?



教わる、学ぶというと、学校教育をおもいだすが、日本では1886年(明治19年)の「小学校令」から、義務教育が始まっている。

戦前戦後で、学業の年数は変わっていて、

教育に関する出来事は、とても興味深いが、

私の浅学で、語ることはできないし、

書きたいのは別の事だ。



で、

小学校・中学校の義務教育。

高校・大学、もしくは専門学校(私はこれ)

更には大学院。

幼少期には保育園や、幼稚園。

私達は、成長と共に、多くの先生に出会っている。


学校教育だけでなく、

趣味の習い事でも、物事を教えてくれる方々も、師であり、

私にはたくさんの師がいる。


その方々は、皆さん素晴らしくて、

お1人おひとり、紹介したいくらいだが、

今回は、父とその恩師について。



父は昭和16年産まれ。

今年、81歳になった。

昨年、長年続いていた「履き物屋」を閉業し、今はのんびりした生活をしている。

引越しもして、毎日、少しづつ

荷物を片付けている中で、

過去を振り返る事が

多くなったかもしれない。


私は、両親の子供時代や、

学生時代の話を聞くのが好きだ。

ほんの一世代前だが、

今とは全く異なる世界だったり、

すごく共感できる事もあったり。

親が歩んできた世界の一部を知るのは、

とても楽しい。


その父の話の中に、

必ず出てくる先生がいる。

穴切小学校3年生、4年生の時の担任。

優しく、情熱ある、熱心な先生であったと。

放課後には、謄写版(いわゆるガリ版印刷)のお手伝いをした事も、父には楽しい思い出であるという。


30年位前には、偶然にもバッタリ会う事があったそうだが、今は、年賀状のやり取りだけだと話す。




まだ、ご存命ですか⁉️(⟵失礼💦)



年賀状を見せてもらうと、

『101歳になりました。耳が遠くなりました。』

と、書いてある。



「もう一度、先生に会いたいなぁー」

と、繰り返す父。

ならば、会いにいきましょうよ!

連絡して、会いにいきましょうよ!


と、父を促すも、動く気配はなく、

春が来て、夏が過ぎ、秋になってしまった。


人生は有限。

めっきり老けた父だけど、

相手は更にご高齢。


無礼を承知で、先生に手紙を書いた。


『父が、師事された事。引越しして、元気で暮らしている事。先生のお話しをよくしている事。会いたいと願っている事。』


私の連絡先を書いて、祈る気持ちで、ポスト📮に入れた。


投函から1週間が過ぎた頃

先生の娘さんから電話📱が来た❣️

『母も会いたいと、言っています。』


娘さんと予定を合わせ、

9月19日。敬老の日に、

会う事ができた。


30年ぶりの再会。

じっくり話すのは、何年ぶり?

先生も、父も涙😢


私も、娘さんも、ポロリと泣いてしまいました。


楽しかった事

嬉しかった事

難しかった事

情熱を注いだ教育。

志半ばで、退いた教職の場。

その後の人生。


101歳の言葉は、どれも感慨深いものだった。


思い出話は、尽きること無く

1時間半の時間を過ごし、

「また、会いましょう」

と、約束して別れた。



次はいつ会えるかな?


この日撮った写真を送り、

また次の機会を楽しみにしている。