私は今日日本の格式というものを嫌というほど教えられた。

Japanese informationという奴だ。

私は何も判っていなかった。

私は今この時を日本と言う名の国で過ごしている。

しかし自分が過ごしている国のことを知らないなんて滑稽としか言いようがないではないか。

私がこの国で生まれ育った数十年と言う時間は今日すべて否定された。

そう、奴だ。

言わずと知れた奴だ。

奴のことはこれ以上は語るまい。

いや、語れないと言った方が正しいかな。
私が感じている奴と言う存在もただの影にすぎないのかも知れないのだから。

もしくは人間が怖い、恐い、畏ろしい、などといった負の感情が造り上げた幻影かもしれない。

しかし私は恐怖という感情を人間に付けてくれた神様に憎しみを持つことはない。

いや憎むなんて見当違いも甚だしいと言ったところか。

人間に恐怖という感情がなくても違う形で奴は生まれてきていただろう。

それに恐怖という感情のおかげで我々は奴と対峙する心配はなくなる。

奴と対峙出来るのは余程のバカか、感情が無い存在でないと無理だ。


そして最後に


…彷徨えるユダヤ人とは私のことであったか。