みなさんこんばんは♪


チャルと申します。

私は現在鬱病をわずらっております。

自分なりに鬱病になった気質や性格や環境を理解するためにブログに残そうと思いました。

これから私の52年の人生を振り返った中であった沢山のエピソード?を一つずつ思い出しながら、皆さんにご紹介していきたいと思います。

そして私のようにうつ病で苦しむ人が1人でも減ればと祈るばかりです。

ご興味のある方は是非読んでみてください。

育った環境、親からの愛情、居場所が有ればうつ病になる人は格段に減ると私は思っています。


エピソード1

赤ちゃんの頃〜6歳頃まで


私の家は貧乏で、両親が共働きの為、生まれてすぐに母親の兄の家に預けられてました。

別邸には祖父母が住んでいました。

祖父母との関係はまた後日お話したいと思います。

私は、小さい頃はとても体が弱くて叔父と叔母に鍼へ連れて行ってもらっていたようです。

小さいながらもその記憶はしっかりとありますしとても感謝はしています。

実家と行ったり来たりで小さい時は保育所に行っていたようですが、記憶にあるのは父に自転車に乗せてもらってレンゲ畑をテクテク歩いていた事と、弟が保育所のガラスに突っ込んで足を20針縫った事くらいで、母との記憶は全くありません。

この弟との関係も別の機会にお話ししたいと思います。

さて、叔父夫婦には私とほぼ同年代の兄妹が居たので私はいつも皆んなに気を遣い、皆んなの顔色を見て、誰にも言いたいことも言えず、心が穏やかに過ごせずにいた自分がいたと思います。

朝ご飯も晩御飯もお風呂も何もかも遠慮して空気を読んでいた、今で言うHSPですね。それだったと思います。まぁそうなるしか居場所がなかったし存在できなかったから。

叔母も兄妹が1番なので私には適当で、何事もただの同居人というスタンスだったと思います。いつも怒られていた記憶があります。やりたいことがやれない、受け止めてもらえない感じですね。

とても辛かったし、いづらかったです。兄妹と遊んでもすぐ拗ねるからと言われてしまって、拗ねてるんじゃなくてそういう風にしか表現できなかったって言うのが正解なんですけどね。預けられて拗ねてる子みたいな笑状況でした。

そんな中でも、たまに両親と一緒に過ごしていたようですが、私には一切記憶がなくて。。。

寂しい、記憶がない幼少期だったと思います。

でもこれは序章でこの幼少期の環境がずっと後を引く事になるとは思いもよらない私でした。


次回はエピソード2

小学校時代です。