作者が映画「THE FIRST SLAM DUNK」で表現したかった事は百も承知です。
最先端のCG技術を使う事で
プロのバスケット選手、バスケ通の人すらも唸るような
実際のバスケの試合さながらの臨場感・細かいバスケの動きをあのスラムダンクキャラで表現したかった。
映画を見た人がちゃんと
バスケの試合の面白さ・魅力を感じる本格的なものにしたかった。
いわゆる「子供向けスポーツアニメ」という子供だましな枠組みではなく
大人が見ても、スポーツ選手が見ても見ごたえのあるものにしたかった。
そういった意図は百も承知ですが
それでも一言で言うなれば
「THE FIRST SLAM DUNK」には
哀愁と色気がありません。
アニメスラムダンクの最初の頃には
花道にしても作品全体にしても
とてつもない哀愁と色気を放っていました。
あの花道や作品の哀愁と色気にとてつもなく惹かれた私としては
それがなくなった事が残念でなりません。
あの哀愁と色気は
いわゆる「昭和」という時代が作り出したもの
で
令和の世の中であの哀愁と色気を表現する事はもう不可能なのでしょう。
それよりなにより、作者としては今も昔も別に自分の作品で「哀愁と色気」を表現したいとは思っていなかった のでしょう。
実際の高校生のバスケ部(プロのバスケ選手であっても)を見ても
あんな哀愁と色気がある人なんていませんから(笑)
作者はとにかく現実とリンクさせた「リアル」なものを表現する事に拘ってる方なので(「リアル」という漫画作品を今描いてるくらいなので)
実際のバスケ選手の雰囲気も「リアル」に再現すると
「THE FIRST SLAM DUNK」みたいなキャラクター像になるのでしょう。
「THE FIRST SLAM DUNK」では、
リョータの暗い過去も主軸となっています。
それはきっと
暗い過去・恵まれない家庭環境であっても努力次第で
バスケ選手として羽ばたく事ができるという
現実にバスケをしている人たちに向けての作者からのメッセージなのかもしれません。
そういった大切なメッセージ性を盛り込むのはいいのですが
とにかく「暗い」。
「暗すぎる」。
それでなくとも「THE FIRST SLAM DANK」は絵のタッチ全てが
「灰色」の配色で
そのカラーリングのせいでただでさえ暗いというのに…。
このカラーリングも幼稚に見えないよう、大人びたデザインにしようと
あえて灰色の配色にしているのかもしれませんが・・・
(改訂版スラムダンクなど、最近描かれた作者の絵の配色はすべて灰色がかっているので、最近の作者はこの灰色のタッチがお好みなのでしょう)
内容の暗さは
かつてのスラムダンクとは違う角度でスラムダンクを描きたかったという作者の意図なのでしょう。
「青春!恋!キラキラ!」みたいな、かつてのスラムダンクではなく
年齢を重ねて色々見えてきた今の作者なりの想いを詰め込んだら、こういうストーリーになったという事なのでしょうが
「内容を重厚にしたり、重要なメッセージ性を盛り込もうとすると」
なぜ
「暗く」なっちゃうんでしょうか?
「内容が重厚で重要なメッセージ性があるけど
明るい」
作品ではダメなのでしょうか?
これは スラムダンクだけではなく最近のドラマにも言えることです。
重厚にするためにやたらとストーリーを暗くしたり、
映像を暗く・天気をどんよりさせたりしてますが
明るいけど重厚なものを作ればいいのに、と常に思います。
桜木花道のキャラクター像については
もう笑っちゃうくらいちゃんちゃらおかしいですよね(笑)
ひとえに「誰やねんお前」状態ですよね。
え?ジャイアン?
かつて作者はアニメの花道を「自分の描いたものと別人」のように言っていたようですし、
「THE FIRST SLAM DANK」の製作にあたっては、花道の眉毛の位置すらも製作スタッフに直すよう指示したらいいので
「THE FIRST SLAM DANK」の花道こそが
作者がイメージする桜木花道なのでしょう。
作者はこういうジャイアンみたいな人をイメージしてたんだぁ・・・って感じですね・・・。
「「THE FIRST SLUM DANK」の回想シーンで
花道が不満げなしかめっ面で不良たちを殴る蹴るする過去・・・みたいなのが出てきていましたが
私はここにも違和感を感じました。(「THE FIRST SLUM DANK」の花道は私からすると全てが違和感ですが)
確かに花道は不良で、
バスケをするまでは不良同士でケンカもしていたのでしょうが
私の肌感覚では
けっこう明るいタイプの不良だったと思うんです。
花道は不良が向こうから突っかかってくるから頭突き一発でKOさせて
桜木軍団たちとニコニコ楽しくパチンコにでも行く・・・くらいの感じで
「「THE FIRST SLUM DANK」では「ケンカばかりして生きる目標もなく、いつも怖い顔してしかめっ面で満たされない想いを抱えてて・・・
だけどバスケと出会った事で、賭けるものが見つかって人生が輝きだした・・・」みたいな
展開にしたいのでしょうが
それが初期の花道好きの人間・・・ひいては昭和な花道好きな人間からすると
すごくチープに映りました。
バスケと出会う前の不良の頃の花道も別にそれはそれで楽しくやってて
暗黒の黒歴史とかではないでしょうし
確かにあの体格・あの身体能力を持て余してたところはあったでしょうし、
大楠たちがスラダンの中でも言っていたように「掛けられるものを見つけたい」という想いは潜在的にあって、やるせない想いもあったでしょうし
どこかで「このままでいいのか?」みたいな気持ちも、あったのかもしれません。
でも
『常に不満そうでふくれっ面をしてて、むしゃくしゃした気持ちを晴らすためにケンカを繰り返す不良』
ではなく
あくまで「気のいい兄ちゃん」
というイメージ。
幽遊白書の幽助もそういうタイプですよね。
そういう昔気質な感じが
「THE FIRST SLUM DANK」のあの過去の不良時代シーンでは
まっっったく感じ取ることができない。
これもまた
「THE FIRST SLUM DANK」では「今風なキャラにアレンジした」と言われればそれまでなのですが
なんか「THE FIRST SLUM DANK」の不良時代の花道は
「東京リベンジャーズあたりのモブキャラ」ってくらいの小物感・オーラです。
東リベの有象無象の不良どものなかに紛れててもなんら違和感ない感じですね。
東リベのモブキャラの1人にまで花道を堕としてなにが楽しいんだろう。
花道になんの恨みが・・・?
と、昭和な花道の素晴らしさをしってる人間からすると思っちゃうんですよね。
そういう意味では
旧スラムダンクで花道のお父さんが倒れる場面ありましたが
あの時からもう私的には花道像に違和感・ズレがちょっとありました。
中学生花道が高校生の不良たちをボコボコにし、
家に帰るとお父さんが倒れていて
病院に医者を呼びに行こうとすると
さっきボコボコにした不良の仲間が来て
やり返されてしまったためお父さんを助けられなかった・・・
というエピソードですが
うまく言えませんがこのシーンも私の考える花道像とはちょっとアレ・・・?というか・・・
『不良でケンカばっかりしているがためにお父さんを助けられなかったというしょっぱいエピソードと
その後のバスケと出会ってからの生活とで明暗をつけようとしている感じ』が
そういう事じゃないんだよな~というか・・・。
そこで私は思ったのですが、
『初期の段階の花道』というのは
スラムダンクの作者が考えたというよりかは
昭和の不良漫画や不良ドラマの影響であったり、
ジャンプスタッフのそういった不良漫画・ドラマっぽいキャラを描けという指示であったり
そういった時代背景や他人によって「描かされた」事で
偶然にも誕生したキャラクター像なんだなって。
そんな花道がスラムダンクの連載が進むにつれ、
作者自身の考えで
「花道像」というものを創り上げていく(変更していく)ようになった・・・。
なので、あの花道のお父さんが亡くなるあたりにはもうすでに
作者の思う「花道像」になっていて
私が思う「花道像」とはズレてしまったのだと感じます。
漫画・アニメのキャラというのは作者が作ったものと言いますが
桜木花道に関しては
最初の段階の花道に関しては作者が作ったものではない、と断言できます。
(外見であったりデザインは作者が考えたものではありますが)
そして、これはきっと作者自身に聞いてもあっさり「そうです」と言っていただけるんじゃないかなー
なんて思っています。
最初の花道は時代背景は他人によって「描かされた」ものであって
中盤以降の花道~「THE FIRST SLUM DANK」の花道こそが
作者が考えた作者が思う花道なのだと思います。