織田信長の重臣、柴田勝家の故郷はどこ?勝家の波乱万丈人生のスタート地点

 

下社城跡(明徳寺)

 

 織田信長の家臣、柴田勝家の生誕地とされる下社城跡。この下社城跡地には、現在明徳寺というお寺かあります。残念ながらかつてお城であった痕跡、たとえば、空堀跡や当時の石垣跡などは残っていません。丘陵地帯の比較的小高い場所にある地形からかつて城があったであろうことがうかがえます。当時の石垣ではありませんが、お寺の石垣はなかなか立派です。

 

お寺の石垣

 

境内からは、周りの住宅地が見渡せます。当時は農村や山林だったのではないかと思います。

 

境内からの眺め

 

お寺の山門の前に、「柴田勝家公誕生地」という石碑があり、その横には、名古屋市教育委員会が作成した「柴田勝家出生地」と書かれた案内板があります。

 

「柴田勝家公誕生地」の石碑と名古屋市教育委員会の案内板

 

ということは、柴田勝家の出身は、愛知郡下社村なのかと思いきや、「張州府誌」という書物には、以下のような記述があります。

 

  上社村の人。織田信長に仕え、功臣となる。のちに越前加賀国司となる。その言い伝えをここにおさめる。

         (「張州府誌」巻第八 愛智郡 「人物」より)

 

 教育委員会の案内板には出典は書いていないし、「張州府誌」の記述も言い伝えにすぎないし、「上社村、下社村どっちなんだー」とモヤモヤします。が、上社村と下社村はそもそもお隣同士。ざっくりと両村が勝家の生活圏あるいは勢力圏であったのでしょう。勝家(通称権六)は、これから始まる波乱万丈人生のスタート地点でもあるこの地でどんな未来を思い描いていたのでしょうね。

 

アクセス:地下鉄上社駅から徒歩30分程度