綿神社

 

 

 常日頃より信長の奇行に、頭も心も痛めていた信長の傅役(もりやく)平手政秀。平手政秀の邸宅址から徒歩15分ほど離れた場所に平手政秀が信長の改心を願って再建したとされる綿神社があります。

 

神社の入り口にある名古屋市教育委員会の案内版には、「戦国時代、この地に屋敷を構えた平手政秀は、荒廃した社殿を再興し、鏡と手彫りの狛犬を奉納して主君織田信長の奇行・粗暴の平癒を願ったといわれている」とあります。

 

 名古屋市教育委員会の案内とは別に、神社の案内版には、天文21年に平手政秀が再建したとあります。ちょうど信長のお父上信秀が末森城で急逝した年に当たります。信秀のお葬式の様子について、現代語訳 信長公記』(新人物文庫) には以下のように記されています。

 

信長が焼香に立った。その時の信長の出で立ちは、長柄の大刀と脇差を藁縄で巻き、髪は茶筅髷(ちゃせんまげ)に巻き立て、袴もはかない。仏前に出て、抹香をかっとつかんで仏前へ投げかけて帰った。弟信行は折り目正しい肩衣・袴を着用し、礼にかなった作法であった。

 

『信長公記』では、信長と弟信行がこのように対比的に描かれています。平手政秀は、織田信秀をとおしてつながれていた信長・信行兄弟の絆がほどけていく将来を予見していたのかもしれません。

 

 神社の案内版には、「慶長以後の再建も数度ありしが、現社殿は太平洋戦争により名古屋城と運命を共にしたのを明治百年記念事業として昭和四十五年に完工されたものである」とあります。平手政秀が奉納したとされる鏡と手彫りの狛犬も運命を共にしたかもしれません。

 

 この神社、南に延びる参道に茂っていた樹木が伐採され、代わりにしだれ梅を植樹し、梅の咲く季節に梅まつりを毎年行う計画が進行中です。しだれ梅が咲き誇る神社。楽しみですね。

 

綿神社南参道口(2026年3月現在)

 

アクセス:名古屋地下鉄名城線黒川駅より徒歩5分くらい