「理香子」のブログ

「理香子」のブログ

波瀾万丈な人生、何人もの霊能師との出会い。

そして、開眼。
霊能師として、修業中。

奮闘記を綴っています。

一昨年末の朝方、

10歳の時に亡くなった母が、夢枕に立った。

当時、市内の病院に入院していた母。


手術を受ける為、大きな病院に転院する前日、母方の祖母の付き添いの元、一晩だけ帰宅を許可された。


これが最後の帰宅となった。       

末期ガンだった。


夢に出てきたの母は、その時に見た寝巻き姿だった。


痩せ細った体。

足は裸足。



母は、離婚し、生活保護受給者の私を心配してくれたのか、


「理香子に私の貯金あげるから。」


と、母が開いた通帳にはハッキリと、

「10万円」


と、¥100,000ではなく、「10万円」と記帳されていたページを見た。

実家は、私が20代後半に祖母の介護中、火災で焼失して無いのに。


母の夢を見ることは滅多にない。

あまりにもリアルな夢だったので、ばっと飛び起きた程だった。


母の姿、寝巻きの柄までハッキリ見えた。


「10万円」という文字が目に焼き付いた。

 

何の意味があるんだろう?


宝くじでも当たるという意味なのか。

スクラッチやロト6を買ってみたけど、当たっても数百円。


違うな。

棚ぼたなんてある筈ないか。


すっかり、母の夢を忘れていた。


日課の寺の参拝、買い物を済ませ、自宅アパートに戻った。


1階の集合ポストを開けた。


免許の更新の葉書と共に、「大切なお知らせ」という白い封筒が届いていた。


何だろう?


2通を手に持ち、

アパートのドアを開けて家に入った。


アチコチで買い物した荷物を冷蔵庫に入れたり、雑貨品を片付けた。


落ち着いた頃、封筒を開けてみた。


えっ!?

「10万円」


何!?

何のお金!?


あの母の夢で見た文字だ!


私は日頃、テレビは見ない。

世間の方はご存じだったと思うが、私は知らなかった。


「市民税非課税世帯への臨時特別給付金」

の通知だった。


いつ決まったの!?    


私は、49歳で離婚。


離婚時、元夫からは、財産分与もおろか1円も貰えなかった。


お金を稼ぐ為、相当無理をし、風俗とパートを掛け持っていた。


私の事情を知った人から勧められ、生活保護を申請した。


長期間に及ぶ調査を経て、ようやく生活保護が認定され、保護費を受給していた。


その為、私は給付金受給の対象者になっていたようだ。


あの時、母の夢はこのことだったんだ!

なんて有り難いお金…

当時、母は38歳。


ガン切除の為、開腹手術を受けた。

しかし、既にガンは全身に転移していたという。

少し切り取り、直ぐ閉じたそうだ。


医師から、余命3ヶ月と宣告された父。


その日から、朝から晩までの理容の仕事を終えると、毎晩、母のところに通った。

往復50㎞の道のりもいとわずに。 


父も、急性肝炎で入院を進められていたと聞いた。


母がガンに侵された時には、今のように抗がん剤もない。

痛みを和らげるのは、モルヒネだけという時代。

私達兄妹は、壮絶なガンと戦っていた母と会わせてもらえなかった。


ガンに蝕まれ、痩せ細り、苦しんで苦しんで最後は水しか飲めなかったという。

付き添ってくれた母方の祖母に、ずっと後から聞いた。


母は、そんな体でも、私達子どもの事を心配していたそうだ。



今回の「10万円」が、国からの臨時特別給付金だったとしても、


私には、母が夢に出て来てまでも、置いていかざるを得なかった娘を心配し、


「理香子に私の貯金あげるから。」


あの夢の中で、死期を迎える直前の母が、

私にくれようとした10万円だと思えてならない。


お母ちゃん、心配してくれていたんだね。

ありがとう。